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発光樹林帯

発光樹林帯

                        高木敏克


機内アナウンスに起こされた。飛行機はゆっくりと空港に近づいていた。雲海を突き抜けると機体の底を破って発光樹林帯が見えてきた。深い時間の底から見えてくる風景ではあるが、遠い記憶の中に目覚めてゆくようであった。生きてゆくのに邪魔な記憶がこういう形で甦るのは意外だった。記憶が戻るのではなく私が記憶に帰って行くのであった。

私を迎えるように広大な大地の闇の中から赤い点が少し揺れながらわずかに近づいてくる。満天の星が一つ降りてきたようにも見えるし、赤いランタンを誰かが持ち出したようにも見えた。

空港反対同盟と全学連は三里塚に野城を構えて測量技師の侵入を拒むため徹夜で目を凝らしていた。地平線はとっくに消えうせて私は完全な盲目状態で闇に浮んでいた

浮かんだ赤は隣の村に潜入した学生の赤いヘルメットだった。レポ隊の挨拶を兼ねて連絡業務でやってきたのだ。

「すごいライトだなあ」と日焼けした学生の赤い顔が笑った。

「赤外線サーチライトだよ。米軍払い下げを神戸の元町で買ってきた」

サーチライトが赤いヘルメットにだけ反応したのかもしれない。

「ほんとに赤いんだなあ。味方のものとは思えなかった」

と彼は頬を赤く輝かせて笑った。

「今日からルポに入ったんで、よろしくお願いします」

「ああ、聞いているよ。それで挨拶にきたんだけど、戸村さんの親戚の家に三人で入ったんだよね。ところで農家の歓迎はどうなの?」

「大歓迎ですよ。大座敷でスキヤキをご馳走になって三枚重ねの敷布団で寝ました」

「ああ、そうなの。でも、どこの家も風呂の湯を変えないみたいだねえ。茶碗も箸も洗わないし」と赤いヘルメットは笑いながら続けた。

急ごしらえの班どうしで喋っていたのは悲観的な話だった。

農民のなかにも空港賛成派がいて敵味方の区別がだんだんと難しくなってきている。でも、目を見ると同志であることは感覚で分かる。同士は全感覚で連帯しているのだから」

とロマンチックな声で田中が言った。

「しかし、権力闘争が始まり疑心暗鬼の闇の時代が来るのだろうか?」

何かを予感するように津本が言った。

田中は話を元に戻そうとしてあらためて自然と交わる意味について話し始めた。

「ここでは自然を隔離する都会の衛生観念とは無縁みたいだよ。闇の中に裸電球が浮かび、風呂桶は湯気の下に白濁した汗を溜めているのさ」

「どうぞごゆっくり」と農家のおばさんは言ってくれた。

「ありがとうございます」と僕は裸になってからも白い湯から逃げるすべを考えていた。

「湯加減はいかがですか」闇の外から声がした。

「いえ、少し熱すぎるので、洗ってから入ります」

五右衛門風呂には洗い場らしきものが無い。水道の蛇口はあるが風呂の湯を桶ですくっては水で割る。それを肩に掛けると白い湯は底のない大地の闇に吸い込まれてゆく。フワフワと何万年も堆積した土の闇が宇宙と繋がって、地平遥かに樹林帯を銀色に輝かせている。

「もうすぐ着陸態勢に入りますので、もう一度シートベルトをお確かめください」

飛行機が雲の海を抜けたとたん、開いた口に白い湯がはいり、身体はドップリと釜風呂に沈んでいた。

添付ファイル エリア


# by glykeria | 2019-09-09 07:31 | Comments(0)

グラナダの近郊の小さな町の不思議な光景

グラナダの近郊の小さな町の不思議な光景であった。

砂ぼこりのたつ小道を一台の小型トラックがやってきた。ピックアップの荷台には何かが乗っているはずだがよく見えない。不思議なことにそのあとを影のようについてくる小さな動物が見えてきた。近づくと二匹の子羊だった。首を長くのばしながら白いやわらかい毛の幼い兄弟の羊であった。目に前にトラックが停まると荷台の荷物はバラのように輝いて見えた。それは市場の裏の肉屋の勝手口だった。腕の太い肉屋の親父が出てきてひょいと肩に担ぐとそれはバラ色の羊の胴体であった。おさな子は鼻を鳴らしながら闇の底までそれを追いかけていく。

熱い太陽が降り注いでいた。眩暈のする光景であった。影は黒く壁は白く赤は深い色であった。だが光景に深い意味はなかった。その光景の意味は単純なのだ。

仔羊は殺された母親の乳の匂いを追って市場の肉屋までやってきたのだ。

悲しい鳴き声であった。涙にゆがむ光景であった。

すると、青空を引き裂きながらロルカの詩が降ってきた。真っ黒な死がバラ色を引き裂いてやってきた。


わたしがどんなにお前を愛しているか、お前には決してわからないであろう

なぜならお前はわたしの中で眠り、そして眠っているからだ

鋭い刃の一つの声に 追い立てられ

泣いているお前を わたしは隠している

肉体と輝く星とを等しく揺り動かす基準が 

すでにもう わたしのずきずき痛む胸を刺しぬいて胸を刺し貫いている

そして、濁った言葉が お前の厳しい精神の翼たちを 侵してしまった

人々の群れが庭の中で跳んでいる

お前の身体と わたしの末期の苦悶を期待して

光と 緑のたてがみとの馬に乗り

だが 眠り続けるがいい わたしの生命よ

ヴィオリンの中の わたしの壊れた血を聞くがいい!

見よ わたしたちはまたつけ狙われている


            恋人が詩人の胸の中で眠っている(ガルシーア・ロルカ)


羊たちに与えられて偽物の自由が肉と共に殺される時

死という不自由に世界は凍りついた。

わたしがスペインを訪れたのはこの時まだフランコ政権のときであった

死のにおいがまだいたるところに残っていた。

出発点のバルセロナのランブラス通りには戦車と装甲車が無数の蝸牛になって這っていた。

それでも闇は解けそうに見えた。

(わたしはそこで小説「溶ける闇」を書いた)


あの時のわたしも仔羊であり、ロルカは母羊のように悲しい存在であった。

すべての恋歌は、死者にささげられるものだと思えた。

気が付くとわたしはグラナダの町をさまよっていた。見上げると高い建物の大きなテラスの上から数人の少女がわたしをながめていた。それは見下ろすわけでもなく、風のように柔らかな視線であった。グラナダでは人々の視線は風のようにやわらかに感じられた。

道行く人々は海鳥のように立ち止まり、盲目のくじ売りの声がどこまでも響いていた。

くじ売りは杖を鳴らし「誰かわたしを道の反対側に連れていってくれ」と、地団駄の泣きを入れてくる。だれかれとなく、老いたくじ売りの手を引いて、一瞬の巡礼を感じるのだった。-


2019.9.17 カルメン


# by glykeria | 2019-07-19 23:19 | Comments(0)

ゆがみ硝子の窓から

ゆがみ硝子の窓から

高木敏克

1 白い影の予兆

月夜には白い影法師が立ち上がる。

たしか、闇はゆっくりと流れていた。

歩哨の辻の背後には白いヘルメットが揺れている。

辻が眠りそうになった一瞬「いまだ」という声が聞こえた。

四方八方から鉄パイプが襲いかかり、

辻は,ぐったりと月を眺めながら眠ってしまった。

朝日が差しても影法師だけが残っていて起き上がらない。

そこは昨日まで辻がアジっていた法文図書館前。

大きな楠木の下の石壇の上だというのに。

あおむけになってているが不自然な形に首が曲がっている。

折れているのかもしれないし喉元が切られているのかもしれない。

彼のことを「辻坊や」と呼びながら泣いている女がいた。

死は不自然にやってくる不自由であった。

次の日、我々の部隊は大阪から京都に移った。

2 踊る黒い影

炎の中では真っ黒な影法師が立ち上がる。

詩人津本忠雄背後から飛んできた火炎瓶で倒れた。

前に出すぎていたのかもしれないし肩が弱すぎたのかもしれない。

彼の自由を消そうとしたものがいた。

内ゲバは権力闘争であり反権力が権力を生むという悲劇である。

レーニンはこの権力の弁証法を革命の弁証法の代わりにすでに証明していた。

つまり反権力の自由が権力を生みその自由は権力に引き継がれる。

結局のところ自由は不自由が好きなのですといってしまえば身も蓋もないが、

津本の自由は権力を否定したので出口がなかった。

権力はどこにでも生まれ何時の間にか自由を恐れるようになる。

不自由を理解することは簡単だが自由を理解することは困難である。

バリケードの中で詩を書き続け残すことは困難である。

津本忠雄が倒れると彼の詩原稿を全て焼いた者がいる。

世の中には文学が恐ろしくて仕方のない反自由の勢力が潜んでいる。

この最初の核分裂を見逃してはならない。

どこにでも潜む権力の影法師は知らないうちに立ち上がる。

津本忠雄は二つの権力により二度殺された。

最初に体が焼かれ、次に詩が焼かれたので何も残っていない。

3 流れ者

秘密は時間を凍結する。彼の妻はこの秘密を知らないままである。

影法師の旦那は服を着たまま寝起きする。

着ぐるみの影法師には立っているのか倒れているのかの自覚がない。

影法師にはどこかで自分を置いてきた記憶がある。

抜け殻に抱かれる妻は不憫でならない。

本当の自分はパルタイから大企業に移った時に死んでいた。

不自由の快さに身を包み、さっとしたスーツを着こなして

全国でひかれ者の小唄をうたうサラリーマンでもある。

また、ファッションモデル気取りで満員電車の乗り込み、

「痴漢は犯罪ですよ」という応援歌に包まれて立ったままで眠り込もうとする。

それでも、指先はなぜかピクリと動いてしまうのです。

4 感じる理由

男のおそろしい顔にはほとんど皮下脂肪がない。

皮膚の下にはすじ肉と骨が浮いていて、日焼けして樹木の肌にも見える。

無表情にもかかわらず眼光ばかりが輝いて、立ち枯れた老木のお化けである。

すると、どこからともなく白い大きな塊があらわれて男のズボンに跳びかかった。

男はそれをひょいと抱え上げて胸に抱きしめてつぶやいた。

「ようやく。生きる理由を感じるようになった」

つまり、彼は五十年間も理由について考えていたことになる。

この五十年の思考停止はリンチによるものか全身麻酔によるものかはわからない。

失神状態だったことだけは確かだ。

鼻骨と鎖骨と肋骨が折れていて五十年もくっつかない。

目覚めるたびに知らぬ女が横に居て看護婦から奥さんと呼ばれ、

そのたびに落ち着き払って笑顔を見せた。

覚醒し始めた私はこの女を信じられない。

彼女は医者や看護婦と一緒になって私を檻に閉じ込めていたからだ。

鉄格子は宇宙からの電磁波を破断するためのもの。

無数の電極がわたしの頭に差し込まれている。

「おい、津本だろ。死んだはずの津本忠雄だろ」

と私は声をかけた。

真っ黒な太陽が血に染まったまま五十年間の記憶は封印されていた。

津本忠雄

1949年4月7日、富山県に生まれる。富山県における反戦高協結成のために努力する。1969年に関西大学に入学。同年9月21日京都大学街頭戦で全身火傷を負い、10月1日、死亡。享年20歳6か月


# by glykeria | 2019-07-14 11:51 | Comments(0)

風景の割れ目に

風景の割れ目に

                                高木敏克


私はあのダムを見過ごしています。山麓線の下り坂では脇見運転は危険だし、あのダムが私の人生に重要な関係を持ちえる訳もない。だからダウンヒルではダムの方角は見ないことにしているのです。

しかし谷間の奥に古い大きなダムが見えたのです。そこを何度か通り過ぎるうちに分かってきたのですが、風景はそこで割れていました。真っ黒な石組みのダムがある一点を通過する際にあるのです。それはほんの一瞬の過去でそこを過ぎるともう見えない。

そうなると気になるものですよ。だが引き返して近づくとどうしても見えなくなる。下り坂で見えても上り坂では見えなくなるのです。そのダムのことを思い出すとほんとに眠れなくなります。ダムは何かの錯覚で見えるだけで、実際にはそんなところにはダムなんてないのだと思って忘れたくなります。ところが、次の日に同じところにさしかかるとまたちょっと横を振り向きたくなる。やはりダムは幻想でも錯覚でもなく確かにそこに存在しているのです。

ある地点からしか見えないものがあるのだと思って道をたずねるように聞くのです。しかし仲間たちはそんなものは見えないといいます。誰の目からも見えるのではなくある特定の人からしか見えないものもあります。客観的に存在するのではなく固有の関係によってしか存在しないこともあるのです。誰にとっても同じ場所というものもないし私にはダウンヒルによってのみ存在する真っ黒な石組みのダムはあるのです。それを見るためにはかなりのスピードで風景を引き裂かなければならないのです。

私は自分に影があることをもう忘れています。しかし自転車に乗ってそのことに気が付くと思わず自分の影法師を振りほどきたくなるのです。影を踏むと相手は怒りますが影を振り切ると相手は泣くのではないかと思って笑ってしまいます。

だから真っ黒なダムのある風景の割れ目に近づくと思いっきり加速して背中の影法師を振り落としたいという衝動に私はいつも駆られます。

ダウンヒルで振り落とされた私の影法師は靴の脱げた小学生みたいに泣きながら私を追ってくるのだと思うと笑いが止まりません。影法師は自転車の荷台で私にしがみつく弟みたいにうっとうしい存在なのです。

いつか振り落として笑ってやろうと私はずっと考えていたのです。この影切りができると私はもっと自由になる。兄弟や家族や友達を完全に置き去りにできると思って私はスピードを上げることだけを考えて走っていたのです。

あなた、大変よ。影がなくなっている。これは死んでいる証拠よ。死んだはずの女房が突然叫んだので目が覚めて須磨浦海岸に出た。

まったく影のなくなった夏の昼下がりの海岸で久しぶりに再会したのは妻ではなく私の影法師でした。サングラスを忘れたので風に吹かれると睫毛が痛い。そこでは何もかもが乾ききるのを待つしかない。

ずいぶん黒くなったものだ。私が影法師を失ったのとおなじようにやつもわたしを探し続けていたのだ。お互いに相手を踏みつけたらどんなに気持ちがよいだろうと思ってここに同じようにやってきたのだ。お互いに相手を踏みつけているだけで見る人はいない。

風に乗って遠くの子供の叫び声が聞こえた。百円拾ろた。

すぐ近くで女の声がする。メールじゃなくてリアルじゃないといやよ。


# by glykeria | 2019-06-29 08:08 | Comments(0)

永末恵子 句集 「借景」第二版あとがき

すべては断片であるという永末恵子の言葉は当初受け入れがたい気がした。なぜなら私は小説のように生きたいと思っていたからである。今となっても断片として甦る彼女の死は受け入れがたい。しかし、時間性のない一瞬一瞬というものの存在が彼女の存在だとしたら、それは死によって永遠を獲得するということを証明しているように思える。同時に彼女は小説のように生きることを断念していたことに気がつく。

はたして、嘘のないまま物語のように生きることは可能か?そう思って彼女の句集を読み返すとき、そこには感性のきらめきが木漏れ日の光のごとく存在するが、一切の嘘を拒絶するかのように一瞬の真実だけが表現されている。

すべては断片であると言い切ることは仏教的でもあり、物語ろうとして嘘をつく西欧的な説得を拒絶しているようでもある。もし、物語的な人生があるとしたら、それは後で作られたものであり、一瞬一種にしか真実はないということになる。その嘘のために作家は真実から追放されているのではないか。逆にその時その時の真実の一瞬を書き留めた彼女の句は永遠を獲得して死んでも存在し続けている。そしてすべてが断片であるとしたら彼女は苦しまずに楽に死ねたのだと思う。

先天的心臓欠陥のため、彼女はいつ死ぬのかわからないという恐怖を抱えて生きなければならなかった。一瞬の恐怖で死ぬということを感じていた彼女はそれに対抗するかのように一瞬一瞬を輝いて生きるしかなかった。

「セラビ、一瞬一瞬の真実以外に何があるの?」

一瞬の微笑みの中に彼女のすべてがあふれている。それはあまりのことである。

 青葦原あまりのことに生まれけり             

しかし、句集の最初の句に出てくる不思議な笑い方は永末恵子のものか誰のものかわからない。この一瞬の空間に浮かぶ笑い方は顔にあるのではなく二人の関係にあることを教えている。わたしは絶えずカメラをぶら下げて彼女と歩いていた。情景からふと目を戻すと、二人の間にはふっと不思議な笑い方があったように思う。

   霰ふるふっと不思議な笑い方

 あえて借景であるこの時の永末恵子の風景はいったい何なのか?借景とは景色を借りるというよりも、もう一つの視点を借りるように思える。いとおしい人の視点で景色を見ていたいという思いでこの句集を読んでいる私がいる。

 句ははっきりとその視点を残し、そこに居なくてもそこに居るように、生きていなくても生きているように、わたしに視点をくぎ付けにする。それがわたしにとっての借景である。

  つばくろの滑走借景でありぬ


# by glykeria | 2019-05-28 08:15 | Comments(0)

ヒルクライマー

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ヒルクライマー

                  高木敏克

記憶の源流を求めて川沿いの山道を登ると影の気配が追ってくる

魚影は川面の光に隠れているが私を抜き去ろうとしているみたいだ

初めての記憶とはおそらく影だったからいつまでも闇が恐ろしい

影の裏には永遠の雲が隠れていて生まれた私を引き戻そうとしているから

産声に驚いてついうっかり泣いて悲しみの甘い味を覚えてしまったのだ

どこまでも曲面の道筋でまだ踊っている木漏れ日は絵画の原型なのか

地表の曲面影絵を見るためにわたしの自転車は悲しい玩具になったのか

闇に沈みこめない死者たちが背後から銀鱗を輝かせて追いかけてくるのに

そう思う今こそヒルクライマーのわたしは山の重さを足に感じるのだった

山はその重さでこそ存在するのだから体重は預けてわたしは高さをもらう

たしかに昼なお暗い再度山の中では谷底の闇がこの体重を狙っている

うかつに山の闇を透視すると反対側のドライブウェイまで見えてしまう

闇の底には地底の海も見えてくるから闇の重さでわたしは浮き上がるのか

記憶が闇底に沈んでいくとしたら闇がわたしの体重を狙っているからか

確かに言葉で浮かび上がろうとすると思考が止まり舌も回らなくなってくる

雲を踏む快さがわたしを眠くしてもタイヤで山蜘蛛を踏んではならない

だから考えるのはよそうヒルクライムに溺れて脳まで筋肉になっている

言葉の限界を思い知らされたクレイマーのわたしはいま雲に浮輪を得た気分だ

地底からひたすら浮かび上がることを願う卑しい私の姿が空に映っているから

山頂には大きな鏡が輝いてわたしたちの到着を待っているはずだからしかし

神社の鳥居には蜘蛛の巣がはっていて通り過ぎるものがしばらくいないみたいだ

ヒルクライマーがここはゴールですかと答を探しているのに雲が沸いてきた

はたして私は一番ですかこの鳥居は出口ですか門番は突然現れるのですか

しかし空と闇しか見えない大雲大社の鳥居は沈黙のためにだけそこにある

山頂についたヒルクライマーたちは空から降りた鳥になって爪先で歩いていて

ちょんちょん鳥居の下の石段を行ったり来たりうろうろするだけで話せない

ただ山の中を透視していると闇の向こうの谷から登ってくる仲間が見える

山の重量を正確に測りながら鳥居の上から鳥になって自分の位置も知っている

最近の自転車にはそういう最新装置が装着されていても不思議ではないのだが

鳥居の上では蝙蝠が釣れたとヒルクライマーが大きな釣竿をふりまわしている

令和元年年五月六日  於 兵庫県兵庫県現代詩協会総会


# by glykeria | 2019-05-08 19:18 | Comments(0)

河の匂い



# by glykeria | 2019-04-12 08:47 | Comments(0)

フランツ・カフカの「審判」攻略方法

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フランツ・カフカの「審判」試論

高木敏克

カフカを読みはじめると、カフカの小説以外何も読む必要がなくなるような気がする時がある。気が付くとカフカが限りなく自由に書けば書くほど読者は不自由な空間に閉じ込められてゆき、その閉塞感が妙に気持ちよく感じるのはなぜなんだろう。

読書にはいろいろな方法があり、それは読み手の勝手であるが、カフカのような世界を比喩に置き換えながら描写してゆく作品を読み込む場合、ある種の作戦が必要であり、その比喩の元の姿はいったい何かを考えながら読む方法もあるのではないかとおもう。私にとって読書は航海であり、航海に航海術があるように読書には読書術があってもよいはずである。

まず審判の世界は人も建物も町もすべてが法律に置き換えられているような世界であり、置き換えられた世界を元に戻しながら読まないと普通の意味解釈では読みづらい。

カフカの小説においては「潔白」という言葉が出てくる。法的に潔白であることが「自由」を保証しているようだが、潔白というものが果たしてあり得るのかということが重要なテーマになっている。この主題がはっきりした形で現れるのが、マックス・ブロートの章分けでは第七章、H・ピンダーの章分けでは第十章に現れる「画家ティトレリ」の章である。この「審判」という小説はブロックのように短編を積み上げた出来上がる予定の中編小説である。短編ブロックには背骨になる予定のものもあれば、肋骨になる予定の短編もある。小説を書く私が読む限り、背骨になる短編ブロックは「画家ティトレリ」の章である。しかも順番もばらばらに書かれた短編集のような「審判」においては「画家ティトレリ」の章を消化しなければ小説全体の意味が解らない。その他の章はいくら読んでもストーリーは崩れるばかりで迷路にはまるだけである。小説「審判」のテーマは画家ティトレリによって絵のように浮かび上がるのである。罪と罰、有罪と無罪、自由と不自由、それらの重なり合う永遠のテーマがアラベスク絵画として、ティトレリという画家によって見事に描かれるのがこの章である。

 画家ティレトリは主人公のKに尋ねた。

「あなたは潔白ですか」

「ええ」とKは答えた。

    (中略)

「わたしは完全に潔白です」

「そうですか」と画家はいって頭を垂れ、考え込んでいるようだった。それから突然頭を上げると彼は言った。

「潔白だったら、ことは非常に簡単じゃないですか」それからKの目が曇った。

法的に自由を保証する言葉こそ「潔白」なのだから、ティレトリとの対話は、

「あなたは自由ですか」という質問に対して、

「わたしは完全に自由です」と答えたことになる。

「完全自由というものがあるのなら、ことは非常に簡単じゃないですか」といわれてからKは考え始める。

果たして、この世に完全な自由を保証する潔白というものは存在するのだろうか。法律がある限り絶対自由というものはあり得ないし、逆に絶対自由が可能な世界では法律は存在しえないのではないか?法律があるからこそ、「裁判所の奴らがたわごとばかりにかまけているうちに、最後にはしかし、もともと何にもないところから大きな罪を引き出してくるのだ」とKがいうと画家はその通りだという。このことは何を言っているのか。法律がある限り絶対自由はあり得ない。自由は法律により相対的な自由でしかなく、したがって「潔白」は空ごとではないかとKは気づき始めるのである。

 日常生活を非日常の裁判所に置き換える作家の作業により小説「審判」は始まってゆく。

 何も悪いことをした覚えがないのに、ある朝、自宅アパートで逮捕されたところから、Kの自宅も町全体も裁判所に変貌してゆく。法律がある限り裁判所はもともと何もないところから大きな罪を引き出してくるのだ。「わたしは完全に潔白です」とは言えるほど法律は簡単な絵ではないのだ。

Kを逮捕しに来た監視人も同様にKの矛盾を指摘する。

「見ろよ、ヴェルム、この人は法律を知らないと認めておきながら、そのくせ自分は無罪だと言っているんだ」ともう一人の監視人フランツは賛同を求める。

この言葉はまた、法律のもう一つの本質を暗示している。

法律は読まれないことによってこそ、その本質的な機能を発揮する。この話を簡単にたとえて言うと、「保険約款は読まれないことによってその効力を発揮する」という保険の常識を思い出せば容易に理解できる。

保険会社が儲かるのは契約者が誰も約款を知らないからだ。保険約款をよく読む契約者は保険金ばかり請求するので保険会社は損をするが、保険約款を読まない契約者は事故があっても免責だといわれても仕方がないと思って保険会社を儲けさせる。暗示されている法律のもう一つの本質からすると、Kは法律を知らないからこそ有罪なのだ。労災保険事務所で働くカフカは約款を下敷きにして法律を考えている法学系作家だとも言えそうだ。

 法律を知らないから有罪だとするのは審判の古典的な本質機能だといえる。なぜなら、ハムラビ法典から始まる法支配とは自由を罪とみなし、不自由を罰として与えるものだからである。古代人は自由と不自由の間でバランスよく生活するしかない。近代になっても画家ティトレリは逮捕されたKに次のように言い始める。

「どんな種類の釈放をご希望か、最初に伺うのを忘れていました。三つの可能性があります。すなわち真の無罪、見せかけの無罪、それから引き延ばしです。もちろん真の無罪が一番いいに決まっていますが、わたしにはこの種の解決に持ち込む影響力はまずありません。わたしの考えでは、真の釈放に持ち込む力を持った人物なぞそもそも一人として存在しないのです。・・・・」

いうまでもなく真の無罪とは潔白ということになるが、Kが潔白だというのなら、それを頼りに生きていけば、あなたもわたしも潔白以外の何の援助もいらないはずだという。潔白だったらことは簡単に済むが果たして潔白は可能なのか?というテーマにまた戻ってくる。真の無罪が不可能な場合には第二の見せかけの無罪を選ぶこともできる。

「もしあなたがこっちをお望みなら、わたしは全紙一枚の潔白証明書を書きます。。そういう証明書の文面は父から伝えられているので、攻撃されることは全くありません・・・」

この証明書はおそらく運転免許証のように偽の自由を保証するものになるはずで、潔白証明書の維持管理には時間と金もかかりそうな気配がうかがわれる。

第三の引き延ばしを選ぶ場合には訴訟がいつまでも一番低い段階に引き留めることによって成り立つのである。

この第二第三の方法には有罪判決を防げるという長所とともに無罪判決も妨げるという欠点がある。

 それでは、画家ティトレリの場合はkと比べてどうなのかという疑問が沸いてくる。沸いてこなかったら眠たい読者だ。ここにもユダヤ人独特のイロニーがユダヤジョークのように現れてくる。自由は包囲されることによって不自由だというイロニーがユダヤジョークとしても笑えてくる。

 ティトレリは法律を読まないことによって最も法律を知っている人物なのだ。

「法律には、といってもわたしは読んだことはありませんが・・・」

法律を読まないとどうなるかを知ることが最も法律を知ることになる。もし法律を読んでいると森に入って森を見失うのと同じで、法律がどう動くのかは永遠にわからない。これはユダヤ独特のイロニーかもしれないが、罰を受けなければ罪が分からないというハムラビ法典をクラシック調に皮肉るカフカの落語かもしれない。

翻って考えてみると、元来の法律とは字の読めない、絵しか描けない人を支配して不自由を与えるためにできたものだ。王権は絶対自由を掲げ、言葉は法律であり、罪と罰で字の読めない民衆を字の読める王権の役人が奴隷にする。その余韻は国家というものが今でも補完しているのかもしれない。

また、絶体自由の古代国家権力が最も信用していたのは完全奴隷であり市民ではない。古代奴隷民族であったユダヤは最も信用されうる沈黙の民族であったのかもしれない。その余韻とは思いたくないが、ヘブライ語のアルファベットもボキャブラリーも極端に少ない。

 話を戻すと裁判所が信用できるのは法律や約款を読まない画家のような存在になる。Kが「あなたは裁判所に信用があるのでしょうね」と聞くと画家は「完全にその通り」と答えた。Kの銀行においてもカフカの保険会社においても法律や約款を読まない顧客は最も信用できる顧客だといえる。カフカもよくしゃべる女性よりも愛犬を信用していたことは確かだ。所有できる者こそ最も信用できる相手だとするのが言語でできた法律の城ともいえる裁判所だ。裁判所も銀行も保険会社もどんどん所有して城になってゆく。

「あの少女たちも裁判所の一部なんですよ」とティトレリはKにいう「なにしろすべてのものが裁判所の一部なんですからね」この現象をわかりやすく説明するには、「逮捕」を「保険契約」さらに「審判」はわかりやすくなる。今ではすべてのものに保険がかかっているし、すべての建物は同時に銀行ローンで抵当権が設定されている。

訴訟が起きれば、すべては裁判所に所有されていることになる。

 そして、訴訟を取引と読み替えると裁判は保険や銀行の金融取引と同じように見えてくる。

「訴訟とは一つの大きな取引以外の何物でもなく、(中略)この目的のためにはもちろん罪があるかもしれぬなどといった考えをもて遊んだりしないで、できるかぎり、自分自身の利益だけをしっかりと考えていかなければならない」「わたしはいつも言ってるんですよ。業務主任のKさんはほとんど弁護士だって」

 保険と銀行と裁判所はともに流動的で一体化されたかの街の生活を包囲して所有可能にしている。それが都会の風景だ。プラハのベルリンの銀座のそして淀屋橋の風景だ。ティトレリは画家として観察すれば被告人ほどチャーミングなものはないという。このことは美しい人ほど何者かに所有されているということではないだろうか。あるいは心も美しい人ほど所有されやすいということかもしれない。御堂筋を歩いている人はだれもが何時所有されたもおかしくない被告人なのかもしれない。あなたは知らないうちに所有されていますよ逮捕されていますよ。夕方になると公会堂の辺りをきちがいカフカが通り過ぎてゆくかもしれない。

 そして川辺にたたずみながら語る人がいる。法的な完全潔白が絶対自由につながるかというと、自由とは絶えず揺れ動く相対的自由にとどまっているということをティトレリは語り始める。

「・・・・あんなにたくさんの事例の中に、潔白の場合がただの一つもなかったなんて、すでに子供のころから、わたしは父が家で訴訟の話やするのやアトリエにきた裁判官から聞かされている。・・・・・ただの一度だって真の無罪判決であったことなんかないのですよ」

 今日のような冤罪無罪判決のありえなかった時代の話として割引して読むにしても、絶対無実の潔白者がいない限り法は国家に属し、そこに住む限り絶対自由人はあり得ない。人間が生きている限り何らかの不自由を背負っているのは罪を認めている証拠かもしれない。

 つまり、どこの国においても自由はそれだけで罪つくりであり、不自由な国罰に包囲されているということではないだろうか。

マックス・ブロートの編集の問題点

ザルモン・ショッケンは1931年にベルリンに書店を始めたが33年にはパレスチナに脱出しなければならなくなった。ナチス政権下ではユダヤ人作家の出版はユダヤ人出版社からユダヤ人読者のためという厳しい限定付きでかろうじて許されていたが、大保護者とも言うべきショッケンによりベルリンから4巻、プラハから2巻がかろうじて発行された。

1938年に完全に営業が禁止されるまでに「審判」は第三巻として出版されたが、「審判」未完の部分は付録として後につけられた。カフカの親友マックス・ブローとはアメリカ合衆国に亡命することになるが、その時にザルモンと再会できたことがニューヨークに「ショッケン・ブックスInc1945年設立につながった。

しかし、マックス・ブロートの手による「審判」の各章配列については最初から問題があった。ブロートはこの未完の書をあたかも完結したかの如く発行しようとしたため、カフカが書いた順番には並んでいなかった。

ブロートが決めた章分けはカフカが書いていった順序と章分けによると次のような関係になる。



カフカが書いた順序の章

(1) 逮捕

(2) グルーバッハ夫人との会話/ついでFBのこと

(3) 最初の管理

(4) 笞刑史

(5) 人気のない法廷で/大学生/裁判所事務局

(6) FBの女友達

(7) 叔父

(8) エルザの家に

(9) 弁護士/工場主

10)画家ティトレリ

11)検事

12)商人ブロック/弁護士解約

13)頭取代理との闘い

14)その建物

15)大聖堂にて

16)母のもとへ

17)終わり

FB=フロライン・ビュルスト                                    

マックス・ブロートの編集した章

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第二章

第五章

第三章

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第七章

第八章

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第十章   


                                


# by glykeria | 2019-03-24 03:03 | エッセイ | Comments(0)

港が鏡に映っているよ

港が鏡に映っているよ

                              

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高木敏克

山からの風景が怖い。

旗振り山から白い風が吹き抜けると谷あいから彼岸墓参の狼煙があがる。

丘の墓地にたどり着くには深い谷の橋を越えなければならないが橋の手前に近道があって姉と妹だけは教えておいた。旗を振ったり狼煙を上げたりする弟には恐ろしい道になるのは想像できる。こういう話と激辛カレーは彼の耳にも口にも入らない。

橋からの風景が怖い。

息吹とは誰の息のことなのか語れないまま谷の橋を渡る私たちは語れないことによってつながっている。山の嚔、谷の鼾を南風が撫で上げておいでおいでと誰かがわたしを呼んでいる。橋の左には市街地が海まで続き橋の右には新興墓地が空まで続き港の構造は鏡によって支えられ閉ざされている。

谷からの風景が怖い。

山の上だといっても墓地はたいてい谷にあって水を呼んでいる。水桶をもった姉と何も持たない妹が石の陰に隠れながら待っている。あなたは来なくてもいいのにとまた姉が妹にいっている。石の中にも下にも誰もいないのよ。あなただってこんな中に入れないし入りたくないでしょ。妹は一緒に集まるためにだけやってきて黙って立っている。

鏡の裏の風景が怖い。

ふたりは時々隠れてここで会っているでしょと姉がいった。妹も私もうつむいて誰のことかと知らんふりをした。あなたたち!といわれたので姉のほうを見たが、姉の顔はもう忘れて闇色。妹はいつもうつむいて横顔を見せようとする。好きだよとほっぺにキスをすると妹はついてくる。とっくに消えたはずの姉はすべてを見ていたにちがいない。

見送る風景が恐ろしい。

わたしは決して振り向かずに橋を渡って帰ってゆく。この橋は彼女たちには決して渡れない。そのためにかかっている橋だということも橋を渡ってきた弟は知らない。橋を渡らずに橋からも飛び降りずに彼女たちに会うには振り向けば消える橋の手前の近道がある。妹が追いかけてくるのでバックミラーの橋が消えかけている。


# by glykeria | 2019-03-22 07:19 | Comments(0)

カフカの「審判」への詩的アプローチ

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カフカの「審判」への詩的アプローチ

高木敏克

カフカの審判に関しては様々な文学論的なアプローチがなされている。私が手に取ったものだけでも、ロジェ・ガロディー、モーリス・ブランショ、マルト・ロベール、グスタフ・ヤノーホ。ジル・ドゥルーズ&フェリックス・ガタリなどなどであるが全部は読み切れない。

しかしカフカに入ってゆくのはこれらの研究書からではありえない。詩的な極私的動機しかありえない。何か思い当たるところのある不思議な危険な香りにさそわれてのことである。それでは、その思い当たるところは何なのか?

解放区を作ったと思ったら、実は包囲されている。もし解放区を作らなかったら、こんな形で包囲されることもなかったはずだ。これはどういうことなのかと思ったことがある。バリケードで大学を封鎖した時だ。人間は賢いから動物を捕える柵を作ることもできる。だが、我々のやっていることは一体何なのだ。自分自身で柵を作って中に入り、ここはだれも入れないから自由だといっている。

 部屋に鍵をかけるようになってから都市住民は自由になったと思うようになった。誰もが自由になるために閉じこもるようになった。これは文学的なことかもしれないが、大学解放区で見えてきた光景は城の小説に思い当たるところが多かった。

鍵にせよバリケードにせよ国境にせよ、自由に閉じこもる不自由を実現してくれる。子供は勉強部屋に鍵をかけて不自由になり、やがて独立自由を求めて就職して不自由になる。ユダヤ人各部族のうち砦を築いた部族はローマ軍に包囲されて消滅し、アラブに包囲されたイスラエルも砦を考えているのかもしれない。その他、自由を求めて包囲されて不自由になる構造は古今東西どこにでもいつでもある。それは地政学的には城の構造であり、言語世界的には審判の構造である。審判とは言葉で不自由を与えるものだからである。つまり、自由という罪に対して不自由という罰を与えるのが裁判の機能なのだ。

 プラハの貧しいユダヤ人ゲットーからカフカの父親は身を起こして商売で成功してカフカを大学に送るのだが、成長したカフカが半ば役人として読み取るのは、すべての自由は包囲される不自由だというテーゼなのだ。

 つまり、成長したカフカが見つけたのは城と裁判の不自由ではない。それでは不自由はサラリーマン、あるいは不自由な学者とかわりないことになる。少なくともいえることはカフカが小説を書いている限り、カフカの小説にこたえる方法は小説を書く以外にない。カフカについて解説することは小説を包囲する側に立つことであり、カフカは解説されることを拒絶する方法で小説を書いている。

 その、みじめな生贄となったのが坂内正氏の著作「カフカの審判」(19814月創樹社刊)である。最初に紹介したカフカ解説者は単なる学者ではなく作家や詩人であるが、少なくとも表現者としてのカフカとの対話がある。ところが、カフカを合理的に解析しようとするくらい不毛なことはない。なぜなら、カフカの「審判」はあらゆる解析裁断の不自由と闘う小説という自由なのだから、カフカを包囲して不自由の側に立つことは許されないのだ。彼の批評・解説は堂々巡りの断片的解析の地獄めぐりとなる。それはまた、最も悲劇的なカフカの読者を作ることになることでもある。それは、カフカの小説を断片的解説の堂々巡りだと解釈して不自由になる読者だからである。



高木敏克


# by glykeria | 2019-03-06 08:53 | エッセイ | Comments(0)

おおるり

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森の中には様々な捜し物があった。時間の止まった森の空気の中では、木の影に古い記憶が潜んでいて、静かにこちらを窺っている。凝りの構造は夢の構造に似ている。夢を見たいときには森に行けばよい。亡くした物を捜すときには森に入れば出てくる。

 でも、森に入るときにははっきりとした理由がいるのかどうか、むしろ彼女はねむるように森に入っていったのだ。

 やがて、苔むした大木の向こう側に陽だまりになった小さな草地が見えてくる。あるいは、それは森に住む独り暮らしの老人の自家菜園かも知れなかった。そこだけが光に満ちていて、白い帽子の少女が大きな昆虫採集の網を振り回しながら飛び跳ねている。

 遠くから、『帰ってらっしゃい!』と呼ぶ声がしている。ところが少女は背中を向けて決して振り向かない。その声は森のもっと深いところから聞こえてきたのだ。少女は降り注ぐ金色に輝きながら掛け巡り、やがて不思議な時間に立ち止まった。

 灰色の森の中に白いバンガローが現れたのだが、その影は青い。不思議だなあと思いながら近づくと、青い苔がびっしりと生えている。森の灰色を突き抜くラビスラズリーの青である。その小さなドアの中にも青い黴がびっしりと生えていて部屋は夜空に抜けている。

綺麗だなあと思って、しばらくそれに見とれていると、鳥の羽が彼女の肩をたたいた。

 振り向くと、大きな体の老人が背後に立っていて、腰をかがめて彼女に顔を寄せ、内部の青い闇を覗き込もうとしている。

「だめだわ。この中、本当に真っ暗よ。何も見えない」

 少女がそう言うと、老人はゆっくりと頷きながら、優しく笑い、音もなく、青い闇の中に消えていった。


高木敏克
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# by glykeria | 2019-02-07 23:08 | Comments(0)

吃水の窓

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                                       高木敏克

ともかく海面下にある機関室はじめじめしていた。パイプと配線が交わる廊下には水が溜まっていた。調理室の排水は自然に流れるというのに機関室の水は高圧ポンプを使わなければ排出できなかった。背伸びをする位置には小さな丸窓があったが、それは昔の排水口を窓に作り替えたものであり海面の泡は茶色に見えた。それは吃水の窓といえるものであった。同じような吃水の窓が水夫の寝室にもあったが丸窓が浮いたり沈んだりするので水夫たちは拷問でおぼれる気分になって床は反吐と消毒液の匂いがした。

この船で船室を清潔にする唯一の方法は物を置かないということであり、水夫室にはベッドがなかった。それどころか荷物の置き場もなかった。水夫たちの荷物はすべて大きな袋に詰め込んでロープのフックに引っ掛けて天井の滑車で釣り上げなければならない。滑車のロープの反対にはハンモックがぶら下がっていて、寝るときにはハンモックを引っ張って降ろすと自動的に荷物袋は天井に上がりハンモックを上げると荷物が下りるというのは大昔からの便利な船の仕掛けなのだが船乗りは語らない。

Rはハンモックに乗る前に大きな袋をフックにかけて抱きついた。だめよ、そこは感じるからと袋の中から声がするとかわいい女の顔が袋から出てきた。これで感じるなんてお前もフェチだなあ、おいらもフェチだから海面を見ながらあっぷあっぷしようじゃないかとRは言った。大丈夫?ハンモックは絶対に落ちないの?大丈夫、ハンモックは絶対に落ちない。僕たちは糞尿たれの蝙蝠だから床に下りずに天上であっぷあっぷできる。吃水窓は何度も何度もあっぷあっぷしてハンモックは横に大きく揺れた。不思議な光景であった。二人が何をしたのかわからない。ハンモックから足をつくとRは大きな袋を受け止めて波止場におりていった。

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高木敏克
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# by glykeria | 2019-02-07 23:06 | Comments(0)

未来広告

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高木敏克

                                   高木敏克

まっすぐで寂しい道の横に一つだけ看板がたっていた。あまりにも一直線なので僕は何も読まずに自転車で通り過ぎてしまった。空には黒い旗が宙に浮いて棒にもひもにもつながれていない。音もなくそれははためいていた。いつかどこかで見たことのある黒い旗だが、どうしても思い出せない。思い出せないのに旗は現実にそこに見えるのだ。蛇の木峠の頂上でその旗は見えた。峠を過ぎると道は一直線に駆け下るのだが、まっすぐなのに行き先が見えない。遠近法の先は消失点だ。ユークリッド幾何学はどこかで間違っている。黒い旗が出てくるのは確か中也の詩だ。年を取ると思い出すのに時間がかかる。記憶がだんだんと回り道して出てくるのが悲しい。

それから、君のことを思い出した。その過去は遠すぎて自分のことか友だちのことかも忘れかけているが、思い出した。それは、遠い昔の君のことなのだ。

「未来は広告に過ぎない」こういって自殺した君を思い出したのだ。ずいぶん早い結論だし、少し変わった自殺の理由だった。君は遺書を残したわけではないが、「未来は広告に過ぎない」というのは君の口癖だった。「僕たちの学んでいる数学はどこかで間違っている」というのが僕の口癖だった。僕たちの人生は知らない間に大人たちの車か電車に乗せられていて、一直線の消失点に向かわされている。そんな気分がして受験勉強は全然おもしろくなかった。

先生たちはその直線の+横に立っていて君たちの未来は輝いている。まっすぐ進めば間違いはないと叫んでいる。だが、それは単なる広告に過ぎないのではないか。どこかで迷路に入らなければ、逆に何も見えてこないのではないかと思う。自転車に乗っていても山を歩いていても覚えているのは迷路ばかりだ。まっすぐな道では何も覚えていない。多分、何の物語もないからだ。だから、僕は本ばかり読んでいた。中学校でデカルトやカントからサルトルを読みはじめ、トーマス・マンの「魔の山」まで高校卒業までに読み終えた。

親にしたらこの回り道は許せなかったみたいだ。夜中まで勉強していると思ったら、子供のくせに大人の本ばかり読みふけっているのだから。しかし、母親も知らなかったのだ。父の取っていた「文芸春秋」も母の「主婦の友」も残すところなく読み切っていたことを。

 話を「まっすぐな道の未来広告」に戻そう。

「まっすぐな道で寂しい」という山頭火の句は車の中ではよめないだろう。新幹線の中ではもっと読めないだろう。確かに僕たちの人生は高速路に乗っていて、もうブレーキが効かなくなっている。自転車の集団走行のようなものだ。誰かがブレーキをかけると全員がこける。だから、集団走行の時には、きっとあの看板にすら気が付かないだろう。集団走行では遠近法の消失点が限りなく広がっていき、やがて集団ゴールに変わる。しかし、一人だけで走る単独走行では消失点で死にそうになる。だから、一人で走るのは自殺行為だと、監督もコーチも言い続けている。

しかし、一人で自転車に乗っていると様々な記憶がよみがえるのだが、君の死は朝日の中で発見された。二階の窓は開け放たれていてレースのカーテンが風に揺れていた。ベランダで首を吊ったのだ。向かいの奥さんが気づいて110番したらしい。ところが救急車は迷った。家族が君を引き下ろしたので外からは首つりが見えなくなったからだ。君の父親が消防署に連絡したら赤い消防車まで来て大騒ぎになってしまった。家族はみんなうろたえていた。母親は君の部屋を必死に整頓しようとしていた。人生が早々と整理されていた。布団もカーテンも乱れたままにしてほしかった。そうしないと寂しすぎる。

希望の朝が君にとっては単なる広告に過ぎないのかと思うと涙が止まらなかったが、君のいう広告の意味が分からないわけではない。すべては商品化してゆく。人生も商品化してゆくという宿命の中では未来は広告なのかもしれない。僕もこれから未来という広告の中をさまようのかもしれない。しかし、そのことがなぜ死につながるのかは僕にはよくわからない。商品化は人生の側面で人生は正面から向かい合わないと何も見えてこないと思っていたから。そうだ、僕たちが生きてゆけるのは多分迷っているからだ。

そのことに思い当たる節がないわけではない。限りない不安の中の君とは小学校時代からの友だちだった。生きることについてはよく話したが死ぬことについては語らないままだったのに、なぜ?

「僕たち大人になれると思う?学校の先生を見ていると、とても先生の歳まで生きられるとは思われへん。人生はいばらの道なんや」

「なんで、いばらの道なんや?」と、僕は言い返すしかなかった。拒絶する僕に君は寂しそうな顔をした。君は恋人にさえ同感を求め、価値観の共有を求めていた。思い込みが強すぎる。君の孤独は未来からやってくるのではなく自分自身から出てくる。だから初恋の失恋も相手からやってきたのではない。

「未来は広告に過ぎないというのは一人だけの思い込みやろ!人生はバラ色の道やろ!僕の結論は広告を敵に回さないことや。その方法は簡単や。広告だけ見て商品を買わないことや。店々の商品を見ては楽しみ触って楽しみ、それらの優れものは買うものではなく自分でも作れるものだと思うことや。それが人生に勝つ方法や。商品になってしまう人生もあれば商品を作る人生もある。そう思うと人生はそんなに重いものでもなく、軽くなったような気がする。中学時代から三宮から元町撫での商店街を歩き回るのが習慣やし、山の中の木や花や小鳥のように街の商品も女の子も美しい。最後に付け加えた女性がいなければ僕も死んでしまうかもしれへんけどな」と、僕は笑った。

「やっぱり、そうなんや。君かって未来は広告やと思てる。広告を敵に回さないというのは自己存在の商品化を認めているからや」

「ようわからんなあ」といったら君は不機嫌になっていた。

「論より証拠や」と負けず嫌いの君は言ったが、おいおい、それを証明するのは自殺なのか?君を追い詰めたのは僕の発言ではないか?未来広告を証明したから僕にも自殺しろというのか?

「悪いけど、僕は自殺をしない」ということは簡単そうだけど、そう言い切るには時間がかかった。原因のよくわからない悲しみが原因している。ちょうど、生まれたての赤ん坊が産声を上げ、それからも思い出したように悲しい声で泣くように。僕の生は君の死におびえ続けていた。君は思い出したように議論を吹きかけるのだった。

「未来は存在しない。現在があるだけだ。未来が存在することを証明するために僕は死んでみる。僕が死んだ後でも世界が存在すれば未来の存在は証明される」君は死神のように微笑んで見せた。死んで勝てるゲームがあるかのように。

「そんな哲学があるか。ソフィストめ」

 哲学にならない哲学と詩にならない詩が混じりあっているのが青春なのか。そんな中で彼と私は真っ直ぐな道を軸にして、生と死のシーソーゲームを楽しんでいるのが苦しかった。

僕の家はN高校の通学路にもなっていて、その前を歩く高校生を幼稚園に入る前から窓から眺めていた。そして僕もその一直線の道を歩いてN高校に通って社会人になっていったのだ。

自己商品化のレールは受験校と言われる県立N高校では隠されていた。一流大学から一流企業に入り立派な商品になって親を喜ばす。そこには悪魔の陰謀があって教諭たちは悪魔の代理人だと思っていた。もしそうだとしても、世の中にはどうしても商品にならない人々がいる。山の裏の里では黒豆を作っている農家の人がいるし,焼き物の作家がいる。町には靴を作っている人もいる。彼らは商品価値のない人かもしれないが、商品を扱うことができる。商品を扱う人たちと付き合えばよい。そう思った僕は大学を普通に卒業して普通に保険会社に入ってから独立して保険代理店になった。それは僕にとっては商品にならずに済む方法だった。手短にいえばサラリーマンの落ちこぼれだ。君のいうとおり商品化されてスクラップになったことは充分に証明しつくした。証明は生きていないとできないと思う。

 言い遅れたが、お聞きの通り僕の趣味は自転車に乗ること、一人で走るのも好きだが、集団走行もうまくできるようになった。

自転車に乗っていると色んなことを思い出す。楽しい時には楽しいことを思い出す。苦しい時には苦しいことを思い出す。年を取って思い出にふけるのも好きだが自分と他人の区別がつかなくなった。

言い忘れたが、これまで言ってきた君というのは、昔のもう一人の自分のことかもしれない。つまり、人間は苦しすぎる昔の自分を忘れてしまう。今頃になってようやく思い出した青春が君だ。これは未来の君からの君への広告みたいなものかもしれない。それでも我慢して広告だと思って聞いて欲しい。未来は必ず存在する。自殺というのは未来を殺してしまうことなのだから。自分を殺すことで死んではならない。この世に一人しかいない君なのだから、他の誰にも頼れない君なのだから。君は死んだりしてはならないのです。歌を忘れたカナリヤよ。遠きユダの国の墓場のその外に棄てられるカナリヤよ。それでも決して死んではならないのです。生きていたら、忘れた歌は思い出せるのだから、君は死んではならなかったのです。そうだよ。だから自分のことのように思い出す君は今でも生きているじゃないか。

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# by glykeria | 2019-02-07 23:04 | Comments(0)

銀河航路

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       高木敏克

船は闇に浮かんでいる。海面は薄い膜となって溶けている。それなのに工場の音がする。船底の蒸気とともにあの世の音がきこえてくる。眠れそうにもないので甲板に出た。海以外に何もない。船は命が消えないように必至で発光しつづけている。サーチライトの逆光を浴びた船員たちが闇の顔を見せると、何も言わずに通り過ぎてゆく。誰もが顔を背けて影の中に逃げ込もうとしている。ハッチのすき間から上空の風がうなりながら追いかけてくる。パタパタと旗が鳴っている。

私は夕刻から目をつけていた娯楽室に入っていった。それはタラップの上にあり、乗客は誰も気づかないはずだ。私はたまたまアホウドリを見上げながらそれをみつけた。アホウドリは上空高く舞い上がり紅色に翼を染めていた。水平線の向こうにある目的地の岬を探していた。ふと目を上げた時にシリウス・クラブと書かれた看板を見つけたのだ。シリウスはこの船の名前だ。娯楽室は乗組員のものらしいが、一度入ってしまえば次からは常連だろう。

時間はたっぷりとあるし航路は長い。待っている人がいなければ、時間は永遠に長い。バーテンダーは時間をもてあまして、趣味のミシン掛けにはまっているらしい。その前では巨漢の男が編み物をしている。

バーカウンターの奥の棚には空の瓶が並んでいる。果たして、まともな酒があるのかどうか怪しいものだ。空瓶の向こうには夜の海が見えるはずだが、サーチライトに照らされた救命ボートが見えるばかりだ。バーテンダーは七十歳を過ぎているだろう。光るメガネの奥で眼球が開いている。空洞のガラス玉みたいな色の薄い目玉はウィスキーの空瓶と調和してバー全体がガラス細工になっている。永遠の風は船ばかりではなく人間までも透き通らせている。透明な海上では時間が止まっている。窓には黒猫が張り付いている。

老バーテンダーの手は白い蝙蝠傘になってミシン台の上に乗っている。老人の染みた手には何本かの傷跡がある。多分、自分で縫ったのだろう。縫い目がひどい。

白蝙蝠はミシン台からバーカウンターに飛んできて止まった。黒猫がじっとそれを見ている。カウンターの上にはロートの刺さったレアもんのワインの瓶があり、それに白蝙蝠はとびかかっていた。中身を入れ替える作業をカウンターの下に隠すところだった。猫の目がそれを厳しく追っている。あの縫い傷は猫の仕業に違いない。彼が軽くウィンクするので、私は何も見ていなかったふりをして見せた。黒猫が白蝙蝠にとびかかってワインの瓶は割れてしまった。

私には国籍不明の雰囲気があり、誰とでも話ができる。わからない話は小説にする。バーテンダーは余計なことを聞かずにグラスにワインをついだ。松脂の匂いがかすかにした。

「ギリシャのワインですね」

バーテンダーは何も答えずに聞いた。

「あとから誰かきますか?」

「船底から階段を上ってきた二人の中国人が赤いランタンをもって水夫長を探していましたよ。やってくるとしたら彼ら二人でしょう」

「水夫長なら足音で分かりますよ。なにしろ彼の右足は義足だからね。船が沈むときに鉄扉に挟まれて、のこぎりで膝から下を切り落としたからね。右足は海の底に沈んだそうだ。ところがこの船には言い伝えがあって、その右足が今でも水夫長の後をついてくるそうだ。足音を立てながらね」私は調子よく誤解しながら外国語を聞いている。

「僕が見たのは義足ですよ。一人で歩くのは義足のほうでしょう。義足の音でしたよ」

 そんなバカな話はないというジェスチャーが返ってきた。

トントン・トントンと音が聞こえた。

「いや、義足が蹴飛ばしているドアの音だ」」

赤いランタンの中国人が顔をのぞかせた。

「水夫長はこちらに来ていませんか」

「だめだ。顔が真っ赤じゃないか。酔っぱらいは出入り禁止だ。それにドアは蹴飛ばさずにノックしろ」

中国人は何を言われても世界中でまっすぐに立っている。

「困ったなあ。水夫長はまた義足を船底に忘れたままですよ」

中国人は言うことだけは言って歩く。水夫長と義足は黙ってやってくる。

ドアの外には一本足の義足が黙って立っていた。彼ら二人が帰った後も義足は忠実に水夫長をそこで待っていた。義足が言いたいことは中国人が言ってくれている。

赤いランタンの二人が消えると入れ替わるように水夫長がドアを開けた。水夫長は義足と内緒話をしていたらしい。ドアにも優しく話しかけて開けてもらった。黒猫はドアを蹴飛ばしたのは義足だと言って哭いている。

「どうも、また義足を下に忘れちゃってね。でも、いつものように先回りしてわしを待っていたのか、この野郎」

しかし一本足であのタラップを上るなんて、多分幽霊だ。黒猫がにやっと笑った。

水夫長は荒々しく椅子に飛び乗った。

「何度もいっただろう。右足と左足の足音がそろわないんだよ。これじゃあ、義足だってのがまるわかりだろ」と、水夫長はいつもの調子で部下をしかりつけていた。

カウンターの奥には仮面が並んでいる。

「あれだ!」と水夫長がいった。

「はい、」と気持ちの良い声が返ってきた。水夫長は仮面を手に取ると被ってこちらを見た。仮面の白い髭はヘミングウェイに似ていた。   みんなはここに顔を預けて影法師になって眠るのだ。ただし、あの二人の中国人は赤い顔をつけたまま朝までああやって起きている。

 サーチライトの下ではたくさんの影法師が立ち上がり、仮面を求めてここにやってくる。

見知らぬ女もやってくる。

仮面舞踏会が始まった。意図の伝わらない外国人の仮面たちが、仕方なく酔っ払っていた。まるで都会の猫の群れだ。すると一人の女性がバーカウンターの横に猫の仕草で滑り込むように座った。

「ねえ、私のこと覚えています?みさきは死んだのよ」

私はその横顔をちらりと見た。顔がない。果たして彼女は私のことを本当に知っているのだろうか?知ったふりをして私を騙そうとしているのではないか?彼女は急に振り向きざまに私の顔を見た。いつの間にか仮面の美人。だめだ、本当の顔はどんどん闇にかき消されてゆく。友達登録の顔には限界がある。踊ると様々な仮面が落ちてゆく。割れた仮面を踏み、グリケリアの歌に人々は揺れている。

でも、どうやって彼女は船に乗り込んだのだろう?

「あなたのことは覚えていませんが、みさきのことならよく覚えています」

「そうなの?」と言いながら、彼女はカウンターに身を乗せながら自分の顔の正面を私に見せようとした。私はみさきの優しい笑顔しか思い出せない。

「人違いじゃありませんか?」

「いえ、タカギさんでしょ。わたしのことを思い出しました?」

「じゃあ、僕の秘密を何か知っていますか」

「あなたの右足はチタンでできていて、ボルトで止めているでしょ」

水夫長がそれを聞いて驚いた顔をした。彼女は私の落車事故を知っていた。

それよりも私にはみさきが死んだということの方が大事件だ。知らない女は知らなくて良い。

「あら、あなたの顔が真っ暗よ」

このまま行くと誰の顔も闇に変わっていきそうだ。この船は一体どこに行こうとしているのだろうか?

「一つ聞きたいことがあるんだけど。あなたはどうやってこの舟に乗ったのですか?」

「気がついたら乗っていたわ。あなただって気がついたら生まれていたでしょ」

「この船は一体どこから来た船だろう?どういう船でどこに行くのだろう?」

 すると、バーテンダーが口をはさんできた。

「この船のことは全部船長が決めている」

「え、あなたは船長を知っているのですね」

「当り前だよ。船長の名前はペトロ。マストの上のアホウドリだよ。ああやって、船長は水平線の向こうに見える目的地を見ているのさ。ずいぶん高いところにいるだろ。あの高さでないと目的地は見えないからだ。目的地が近づくと船長は高度を下げてくる。寄港地の手前で船長は船におりてきて船長室に入るのさ。それまでは船内は闇の中だよ」

「みんな行き先がわからないから顔が消えて闇になるんでしょ。ほんと、塗りたくって顔を書き上げる時代じゃないわね。いろんな仮面を買ったほうがいいわよね。いくらでも高い仮面も売っているしさあ」

そういって彼女は自分の仮面をはいでたたみはじめた。最近はやりのコンタクトマスクだ。

「そう言われてもなあ?僕はスッピンの闇顔でもいいけどね」

会話が弾んでくると、ブランドものがいいという話になりかねない。横並びで話すと、相手も知らないまま簡単に友達になって弱みを掴まれそうだ。

「ねえ、あなたって、深刻に考えすぎじゃないの?」

この言葉は何度も何度も彼女から聞いた言葉だ。

「ねえ、私が誰だって、考えなくても、たぶん、答えは簡単だと思うわ」

「わかっている。君はみさきだろ。僕は、ほらガラス瓶にみさきの骨を入れている。君のお気に入りのガラス瓶だろ。ぼくは、この骨を撒くためにやってきたんだから」


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# by glykeria | 2019-02-07 23:00 | Comments(0)

高木敏克 小説集「港の構造」を読む 詩人 川岸則夫



禍々しくも鮮やかな暗箱の中で


高木敏克小説集「港の構造」を読む

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                                 川岸則夫


 高木敏克の「港の構造」は、十篇の小説が収められた、いわゆる短編集である。短編集と言っても各篇の長さはまちまちで、表題作「港の構造」そして「KAPPA」と「グリケリアの歌が聞こえる」の三篇は、むしろ中編とも言うべきものだ。この三篇で総三百ページ弱のこの本のおよそ三分の二を占める。他の七編は、例外的に四ページしかない掌篇「蓑虫靴店」以外は各十ページから二十ページ程度の短編である。


 さて、表題作「港の構造」は次のような主人公のセリフで幕が切って落とされる。


「僕は時々消えたくなる。しかし、死にたくはない。僕は政治的に隠れなくてはならない。大きなスクリーンをスウィッチ・オフする形で世界を消してしまいたいと思う」


 この導入部からもわかるように、この後、スウィッチ・オフされた世界が展開されてゆくのだろうとは容易に想像がつく。しかし、そのスウィッチ・オフされた世界とは、どのような構造をしているのか。その期待感を胸に、しばらくは消えてしまったスクリーンの裏側を巡る旅に出かけてみようではないか。光のない暗闇で、私たちの導き手となるのは、一体どんな種類の明かりなのだろうか。


 この小説は・「僕」と称する主人公が元町商店街を散歩するという静かな書き出しで始まる。主人公は商店街の露地に入ったところに、少し風変わりな不動産の広告を見つる。それは普通のワンルーム・マンションの広告だが、「照明なし」というのが異常だ。「僕」は、好奇心に駆られ、店に入ってゆく。


 ここは別世界、或いは異界への入口だ。主人公は一寸した好奇心から、足を踏み入れるのだが、彼を導いてくれるのが、不動産屋の案内嬢「智子」という女性だ。智子に連れられて、主人公が向かう先には、一体どのような世界が待ち受けているのか、それは思いがけない試練に満ちた世界かもしれない。主人公を待ち受けているのは、彼が二度と立ち直れなくなるような恐怖に満ちた世界、或いは過去からの亡霊かもしれない。そう、この物語は時間と空間が複雑に交差する世界なのだ。それがこの小説の「構造」だ。


 空間は自分の意志で何とか移動できるが、時間は過去も未来も己の意志の力だけではどうにもならない。現在でさえ、そうかもしれない。突然、悪夢や幻想や理解できない衝迫として、己に直面させられることになる。その意味ではこの作品は、時間が迷路を辿る物語と言った砲が適切かもしれない。


 例えば、不動産屋の「智子」が主人公に物件を案内する時のセリフ。


「あら、危ないですよ。そんなに奥に入ったら。アジトになる部屋ですから」


 この、主人公の秘密をすでに知っているかのような彼女の言葉にまるでみちびかれるかのように、その後に、主人公は昔の学生運動の仲間「山谷繁夫」の幻想の世界へと足を踏み入れ、輝かしくも忌まわしい記憶に直面させられることになるのだ。


「橋の向こうから一人の男が歩いてくるのが見える。だが、奇妙な歩き方をする男だ。少し歩いては立ち止まり、何かを確かめるように振り返っていた。人と橋は、水面に照り返されて浮き上がって見えた。橋の鉄骨は白く塗られていたが、ボルトの周りから血が滲んだように錆び始めている。まるで恐竜の背骨のようだ。男はたった一人夜景の中に浮かび上がり、橋を渡り終えてこちらに向かって歩いてきた。橋の下の海面は夜だというのに波が血のように赤く揺れ始めていた。


 見られる通り、現実と記憶のあわいを静かに歩み寄ってくる「山谷繁夫」の不気味な風体が、余分な形容を排した無機質な文章でうまくすくい上げられている。


 驚いた主人公は、窓を荒々しく閉めて、「山谷」を文字通り閉めだそうとするが、そんな主人公の思惑をよそに、今度は壁の中から現れようとするのだった。


 「僕」はもはや、「山谷」から逃れることはできない。「山谷」の記憶からも。いや、なぜ逃げようとしなければいけないのか。そもそも「山谷」とはいったい何者なのか。主人公は「山谷」に何を負い、何を償わなければならないのか、「山谷」は果たして存在しているのか。一度でもかつて存在したことがあったのか。


 確実に言えることは、ここから主人公ののっぴきならない地獄巡りが始まる、ということだ。地獄巡りといういいかたが適切でないなら、苦悩に満ちた何ともやりきれない旅、二度と戻れない過去への片道切符の旅、とでも言っておこう。


 でも主人公には「智子」という女性がいる。だが、果たして「智子」は、この無間の迷路から抜け出すための道標であるアリアドネ―の糸となりえるのであろうか。


「港の構造」は、商店街の露地に思いがけず踏み込んだとことから始まる主人公の一種の冒険譚としても読むことができるが、より内面で展開されるテーマは、思弁的、哲学的なものである。過日の学生運動家「山谷繁夫」との間に交わされる互いの感情、思念のやり取り、またそこから必然的にもたらされる「死」を巡る省察。これらは熟読に価するものだ。なお、ここでは詳しく触れないが、作者が「死」にこだわるのは、一つの大きな理由があるのである。これはこの小説全体を読み進めば追々分かってくるだろう。


 


 一方、割と気楽に、結構楽しく読めるのが、中編「KAPPA」である。題名から分かる通り、川に棲むという、あの河童にまつわる物語である。おおまかなストーリーと言えば、ある不幸を経験した主人公が、気晴らしに色々な温泉を旅し、あげくの果てにカッパの住む国にたどり着くというものである。


 これだけ聞くと、何やらスウィフトの「ガリヴァー旅行記」を連想させられるが、カッパの国に入るためには門番の厳しい検査を受けなければならない個所などは、むしろカフカの「審判」や「城」の世界だろうか。


 カッパの国に入ってから主人公が経験することになる様々な事件や出来事は、読んでのお楽しみだが、現在何故河童の世界が繁栄しているのかの理由を知ることや、人間になりたがっている河童の女(メス?)と主人公のやり取りの様子などを垣間見るのも楽しい。科学的な知識に裏打ちされた河童の生態の研究、或いは、河童が人間に、又人間が河童になるための手術の詳細など、ついついページをめくる手が速くなる。河童になることを希望した主人公の運命は、はてさて如何に?


 この小説は空想的要素と科学的要素がミックスした十九世紀から二十世紀にかけての、ジューヌ・ベルヌ、メアリー・シェリー、H・G・ウェルズなどの古き良き時代の小説群を思い起こさせてくれる。が、同時にいかにも現代の幻想小説にふさわしく、結構辛辣な文明批評もあり、この作者独特のブラック・ユーモアにも満ちていて、リーダビリティの良い、それでいてふと立ち止まってちょっと考えさせられる一篇となっている。



 中編のもう一つ「グリケリアの歌がきこえる」は、ギリシャのアテネやミコノス島を中心に、現地を旅する日本人の主人公と一寸陰のある流れ者らしい一家との交流を描いた一種の旅行小説といえようか。その家族はある秘密を抱えているのだった。現実とも夢ともつかない彼らとの交流の中で、とうとう一家に破滅的な出来事が起こってしまう。「僕」はついに精神に異常を感じ・・・・・。


 この小説は海外を舞台にしたいわゆる旅情小説としても読めるが、この作者の事である、そんな甘っちょろいロマンチシズムはない。ここに詳述することは避けるが、扱っているテーマはなかなかハードなものだ。このテーマを作者は比較的軽妙に捌いているので、割と抵抗なく作品の世界に入ってゆけるが、作品世界は展開が速く、又もや夢の世界あり、ほのめかしあり、急なストーリーの飛躍ありで、少しも目が離せない。だが、この物語の最後の方の主人公の独白、



 それから、僕の記憶は少し飛んでいる。なにかよっぽどひどいことがあったのだ。そういう場合には僕の脳は世界のスウィッチを簡単に切ってしまうのだ。この空白というものは恐ろしい。サヨナラの向こうにあるのはこの空白だということに気付いている人はあまりいない。悲しみというものはこういうことだ。空に真っ黒な空洞があいたような寂しさは死んでみないとわからないことかもしれない。でもそのような悲しみがあるということは生きていても分かる。死者を見ているとその悲しみが伝わってくる。


 などは、主人公と共に読者を充分思索的にさせる。この後、ストーリー的に更にもうひとひねりあるのだが。ちなみに「グリケリアの歌がきこえる」の「グリケリア」はギリシャで絶大な人気を誇る歌姫だそうである。そんな旅人の心に滲み歌唱なのだろうか。調べてみると彼女はグレゴリア聖歌隊に所属していたらしい。歌姫の名前の由来はそこから来たものと思われる。


 さて、短編はと言えば、巻頭を飾る「神々の丘」は十ページほどのものであるが、その内容は濃く、なかなかの好篇である。初老の夫婦の物語であるが、注意深く読まないと内容を取り損ねてしまう。この作品集の中では、前出の「グリケリアの歌がきこえる」以上に、そのさりげない筆致の中に、しみじみとした情感の汲み取れる好篇である。


「記憶の森」「水夫長のドア」は主人公の家族にまつわる話で、特に「水夫長のドア」は水夫長をしていた主人公の祖父が海難事故に会う場面の描写が恐い位の、なんとも迫力に満ちた佳篇だ。


 「海岸鉄道」と、「蓑虫靴店」それに「心臓の島」は、「港の構造」の補足的な作品であるともいえるが、特に「海岸鉄道」は独立した短篇としてもおもしろく読める。主人公が離婚した妻と十年振りに再会する話であるが、登場するキャラクターが楽しい。元の妻と一緒についてきたと思われる「闇男」、二人の子供かと思われる何故か猫のきぐるみを着た少年、この少年は「青猫少年」と主人公に名付けられ(途中、主人公はこの少年は自分の子ではないかと疑ったりもするのだが)、あろうことか話の最後の方で本当の猫になり、チェシャ猫のようにシートの上から消えてしまうのだ。


 その他、この小説には砂時計とデジタル時計が合体した奇妙な時計や、文字が一面に埋められた森など様々なシュールな形象があふれている。なんだか「オズの魔法使い」のような世界だ。この小説も「死」を扱っている割には、奇妙な明るさに満ちている。


 「天窓」は主人公の少年時代に題材を取ったもの。天窓のある秘密の部屋。その中でどのようなエキサイティングなドラマが展開されるのか。いずれにしろ「港の構造」の作者のこと、一筋縄ではいくはずがない。これも、読んでみてのお楽しみとしてもらおう。 


 小説集『港の構造』は、恐いもの、悲しいもの、楽しいもの、そしてしみじみとしたものなど、人間の感情や思想がギッシリ詰め込まれた、だが、容易には開けることのできないブラック・ボックスのようなものだ。そこでは、空間と時間が奇妙に交ざりあい、歪みあう。感情や思想の名の付いた様々な道具で、そこで熱心に遊んでいるのは、案外読者であるあなたかもしれない。

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# by glykeria | 2018-09-11 16:52 | Comments(0)

港の構造

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高木敏克 最新作 「港の構造」8月5日発売 予約受付中
紀伊国屋書店 梅田本店にて  8月6日より 限定販売開始 

2016年度神戸新聞社 最優秀賞「神々の丘」 「水夫長のドア」(祖父のレジェンド改題)

「グリケリアの歌がきこえる」「港の構造」などの問題作の中短編小説集

「暗箱の中の滑らかな回転」(第4回神戸文学賞受賞作「溶ける闇」収録) 
「白い迷路から」(小川国夫絶賛) 

そして     「港の構造」   自由作品群 3000円

郵便振替  00970-1-177361  シリウス有限会社 預託販売価額 2000円 (送料込)

はがき申し込みの場合は、代金後払い
〒653-0827 神戸市長田区上池田3丁目18番7号 航跡舎 まで
住所 氏名 電話番号をお書きください。 次回より割引価格会員登録をさせていただきます。

                                                以上、航跡舎より

# by glykeria | 2018-07-12 13:17 | Comments(0)

アヴェ・マリア


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湖の対岸に真白なサナとリュームがあって、小さなチャペルから歌が聞こえてくる。僕は時々ヒルクライムでここまでやってきて、自転車を停め、何もせずに引き返す。湖面には虚しさが空まで突き抜けている。虚しすぎて涙が止まらない。サングラスの裏側で涙が流れると表には鳥が飛んでゆく。
探しても探してもあの人の墓はない。骨もない。遺品もない。あの人の声もない。聴こえて来るアヴェ・マリアの歌だけだ。僕の首には二つのペンダントがある。自転車に乗ってそれらをブラブラさせながらここにやってきたが、二つのペンダントを一緒に開けるとオルゴールでもないのにアヴェ・マリヤの歌が聞こえてくる。
アヴェ・マリア!寛容なマリア様
わたしの願いをお聞きください
この固く荒々しい岩壁の中から
わたしの祈りがあなたのもとに届きますように

サングラスを外すと湖面の風がまつ毛を触り涙が飛んで行く。

わたしたちは朝まで安らかに眠ります
たとえ、人々がどんなに残忍でも
おお、マリア様、わたしの心配をみてください

聖女の風が切れ切れに降ってきて水面の中で歌っている。白いチャペルが揺れている。

あなたが微笑むと花の香りがそよぎます
聖母マリア様、わたしはあなたを呼んでいます
父のためにお願いするこの子の
アヴェマリア様、幼い物語を聞いてください

私は自分自身が愛おしくてならない。誰も愛せないくらいに自分自身が愛おしい。それは世界が悲劇に見えるからだと思う。生きていても仕方ない世界の中で思わず生きてしまった自分はピエロにすぎない。
一つ目のペンダントの中には、あの人の顔が入っている。もう一つのペンダントの中には自分自身の顔が入っている。それは、なんとも不安げで精気のない魂の抜けた少年の顔だ。ぼんやりとした視線の先には空虚しか見つからない。少年期の記憶をたどると楽しいことは何もない。何歳まで生きなければならないかのかと思うと気が遠くなった。
人間は死にたいと思っていると長生きし、生きたいと思うと早死にしてしまうものだと祖母から聞いたことがある。もし、そうだとしたら、どちらが悲劇でどちらが喜劇なのだろうか?
私は長生きてしまい、あの人は早死にしたのだから、あの人の方が生きたいと思っていたに違いない。私を愛して生きようとしたあの人を見殺しにしてしまった僕の罪は許されない。永遠に許されない。つまり、僕は全ての罪人と同じように自分だけを愛しているのだ。それでも私を愛してくださいとマリア様に祈る間抜けな長生きピエロなのだ。



あの人がやってきた。白いパラソルの中でさらに白い透きとおる肌だ。少年の私が出会ったのは、この世のものとは思えない透明な大人の肌の女性だった。祖母が茶道と生花の教室を開いていたので、日曜日になると沢木ひかるさんはやってくる。
母はあの人には近づかない様に言っている。あのお姉さんには結核の病歴があり、菌が残っているかもしれないというのだった。
美しい花には決して触れないように、作品には決して手を触れないように、といった注意にも聞こえたのだった。
神撫山の谷を引き裂いてできたようなこの惣谷村には、豚池と呼ばれる溜池があった。その名前の由来はそこに遠くからやって来て居着いた人が豚を飼っていたからで、その汚水が池に溜まっていたかららしい。池の水は豊富な肥料を下流の田んぼに運んでいたかもしれないが、何しろそこは神撫山という神体山の参道なので、村人と諍いが絶えず、ついに不名誉な名前の原因となった住民はそこを立ち去ることになった。後に残ったのは小さな十字架の墓と井戸の跡だけだったらしいが何度か谷を襲った山崩れでそれも埋まった。宅地開発でボーロングしたときにそれらしき痕跡はあったらしいが、話とともに消えてしまった。その後、その池の名前は蓮池と呼ばれるようになった。
蓮池は神撫山の峰に挟まれていた。道らしき道は二つの峰の中腹の集落へ海から続き神撫山頂に続く二本の山の参道と池をめぐる谷の参道であった。
わが家は蓮池に注ぐ小川の淵にあったが小さな集落には数件の住居しかなく、夜になると惣谷は真っ暗になり民家の光と街の光は遠く隔たり人工衛星のように寂しかった。
やがて、村も街になりそう惣谷村も池田惣町となり参道の集落は池田丘町やら池田谷町やら近代的になり、池田の麓は宮川町と呼ばれるようになったが、宮川とは長田神社の川の意味であった。
その川に沿ってひかりさんがやってくる。川沿いだからなだらかであるが、最後に丘がありそこに登ると海と蓮池が同時に見えた。丘といってもそれは峰を横に抜ける切り通しで孤立してしまった小さな丘で、山から捨てられた迷い子のように呆然としている風であった。松の木が一本ひょろりと立っていて、海を見て良いものか山を見て良いものか、迷っていた。その切り通しの上には小さな陸橋があり、初夏の頃には燕が巣をかけて、凱旋門のように燕が通り抜けるのが見えた。
陸橋には入れ替わり立ち替わり人が立っていた。遠くから眺めていると頼りなげな人影で、夏になると日傘をさしたひかりさんが幽霊のように立っていた。
「よくあんた、あんな遠くが見えるねえ。ええ、あそこにひかりさんが見えるって。おばあちゃんには松の木しか見えないよ」と、祖母がいうと、
「ちゃう、あれはひかりさんだよ」と私は突っぱねた。
何故かしら、ひかりさんには嘘の匂いがした。ひかりさんがいなくなると蓮の花も消え、開きすぎたラッパの形の蓮の葉が池一面に賑やかに広がっていた。
白やピンクの花がいったいどこからやって来てどこに消えてゆくのか、ふと池の底には地獄の闇が潜んでいるのではないかと思われた。
花がしぼむと、川エビとりの中村のおじさんがやってきて、池の底に沈んでしまいそうな姿勢になり、爪先で池の底の泥を撫でて池を濁らせる。
やがて、「とっ」と息を吸い込んでおじさんは池に潜る。野生の蓮根を手繰り寄せ、引きちぎり手桶に入れている。池には秘密が満ちていて、おじさんがひかりさんの腸を洗っているような気分にさせた。


ひかりさんが畳に座ると、細すぎる腰が締め上がっていて、その下のお尻が不思議に大きく見えた。それは三角形になって安定しながら膨よかな白い肌を隠していた。まるで白い氷嚢のように見えた。
不思議なことに、ひかりさんは腕も腰も細いのにおっぱいが大きかった。じーと、見とれているとひかりさんは笑い出した。
「おねえちゃんのおっぱい大きいでしょ。お母さんのとどっちが大きい?」
「おねえさん」
「でも、もうおっぱいは出ないのよ。ずーと、永遠に出ないのよ」と寂しく微笑んだ。永遠という声の響きにうっとりした。
ひかりさんのおっぱいは透き通り、その中にメロンの網の目のような青い筋が沈んでいた。
「お姉さんも複雑なんだよね」というと急に大人の気分になった。
「あら、この子ったら、どこでそんな言葉を覚えたの?複雑だなんて。そうよ、お姉さんはいろいろと複雑なのよ」
それを聞いてなぜ赤面したのか今でもわからない。
複雑さは遠くにあって美しく、近くにあってはかぐわしかった。
「お姉さんの胸の中にはね、お船が浮かんでいてね、なみがタップンタップンしているのよ」
霧に包まれた港の沖にうっすらと小さな船が見え、小さすぎて沈んでいくように見える。
そんな悲しく眠そうな光景がお姉さんの胸の中から浮き上がってきた。
「見たい?」
それは細すぎて今にも切れそうな銀の糸であり、その先のお姉さんの胸の谷間に何かが沈んでいた。細い人差し指と親指がまっすぐにそろって伸び、その銀の糸を引っ張り上げた。 小さな三角帆の船が出てきて揺れた。
お姉さんはそれをもう一度つまんで胸の中に戻してしまった。
「お姉さんの胸の中にはね、遠くの船が写っていてね、そのお船が港にだんだん近づいてくるのよ」
「なんだか、お姉さんの胸は写真機みたいだね」
「まあ、すごい。としちゃんはそんなことも知ってるんだ。ほんとだよ。お姉さんの胸をレントゲン写真で見るとお船が近づいてくるのがはっきり見えるのよ。そこにはねあなたのよく知らないおじいさんが乗っていてね。あなたが知らなくてもおじいさんはあなたのことをよく知っているのよ」
それは、真っ青な夜だった。海には一艘の小舟が浮かび、星座に照らされながらこちらに近づいてくる。航跡が天の川に重なり、星を流し続けている。
夜の蓮池はその輪郭が消えて海につながっているように見える。夜が明けると同時に蓮の花が開き、そのまま海に流れていくように思えた。

それから数日後、誰もいない時にお姉さんがやってきて、僕の写真を撮ると言い出した。僕は帰ってきたばかりの幼稚園の帽子を被った服装でニッコリと笑って見せた。

ひかりさんはいつも蓮池の向こう側からやってきた。あの時も閉じてしまった蓮の花がつぼみに戻り強い日差しを耐えていた。白い日傘姿のひかるさんは私をみつけて大きく手を振り、足元に気を取られながら池の歩道を遠回りにやってきた。
「お姉さん、僕は早起きして蓮の花を見たよ。いっぱい咲いていて天国みたいだった」
「そうなの?もう熱はさがったの?昨日電話したら。お母さんが熱を出しているって言ってたわよ」
「もう治ったよ。だから、お母さんは安心して花隈のおじさんのところに用事で行ったよ」
「そうなの、知らなかった」
ひかりさんは花隈から来たのだから、もしかしたら、お母さんを見たのかもしれない。知っているから来たのかもしれないと思った。いずれにしろお母さんがいない時にひかりさんに会えることは嬉しいことであった。
「高い熱が出たんだってねえ。しんどかった?」
「ううん、大したことなかった」
昨夜の感触がよみがえった。一晩中、半透明の白い氷嚢が私の額の上に乗っていた。その半透明のしわのよったゴム袋の底はひんやりと滑らかであったが、なんとなく複雑なものが額に乗っているのかもしれないとも思えた。眼が覚めると氷嚢は熱を吸って重くなり、私の顔一面に広がって息が詰まりそうに思えた。
「としちゃん、どう?熱はさがったみたいね」と優しい母の声がしたが、熱は下がって欲しくなかった。
「今日も行くのか?今日は幼稚園を休むよ」
「あら、お熱を計りましょう」
僕は暑そうに布団から足を投げ出し、寝返りをうって畳にうつむせになった。
「僕にはもうお姉さんの結核菌が移って何もしたくないんだ」
結核のお姉さんは本当に自由に思えた。
「あのねえ。お姉さんはもうすぐサナトリュームという山に中のおうちに移るの」

ひかりさんはいつも突然現れた。それも、誰もいない一人ぼっちの時に現れた。それは僕が一人ぼっちが好きになった一つの理由かもしれない。
「今、誰もいないの?」
「うん」
「じゃあ一人だけなのね」
「うん」
「じゃあ、ケーキ買って来たから家に入れて。お姉さんがお紅茶を入れてあげる。もう三時でしょ」
「としちゃんは三人兄弟の中で一番かしこいわね」
「うん」
「だから、としちゃんは約束してくれるわね。私のことはお姉さんと呼んでね。わかった?それ以外の呼び方をするとだめよ。お姉さんだよ。そうしないとお姉さんは泣いちゃうわよ。絶対ね。約束してね」
「うん、お姉さん」
「それから、もう一つ約束してね。としちゃんは足が速いからね。お姉さんについてきたらだめよ。絶対にだめよ。ついてきたらお姉さんはもう来ないからね。約束してね」
「うん、お姉さん」
「最後にもう一つだけ約束してね。お姉さんがおみやげを持って来ない時には、来たことをお母さんに言ったらだめよ。約束してくれる。今日もおみやげがないけど、ない時はほらこんなに優しいでしょ」といってお姉さんは僕を抱きしめた。私はその時、愛されていることを実感した。それは、母からも誰からも感じたことのない幸福感だった。
「うん、僕も、どちらかというとお土産はいらないよ」

お姉さんはマスクをするようになっていた。それからよく僕を訪ねて来た。
「お姉さんはね、もうすぐサナトリュームというところに入るからね」
ぼくにはそれがプラネタリュームと似た響きに聞こえた。お母さんに、お姉さんと一緒にサナトリュームに行きたいといったら、怖い顔をされた。だから、僕はどこにも行きたくない。何も食べたくない。お姉さんと会うだけでいいと思うようになった。
すると、次の週にさっそくお姉さんがお土産を持ってやってきた。
「としちゃん、ちょっと背中見せてくれる?」
「いや」
「そんなこと言わずに、少しだけ見せて」
私は背中を誰にも見られたくなかった。私には疳の虫がというのがあって、その虫を退治するのだと言って、おばあさんとお母さんが僕を押さえつけてお灸を据えた跡が残っているからだった。でも、このことをなぜお姉さんが知っているのか不思議でならなかった。お姉さんはなぜ僕の一番恥ずかしいことを知っていて見ようとするのだろう。
「もう痛くないの?」
「あつかった」
「そう?えらいねえ。よく我慢したのね。跡が残っているけど、大きくなったら消えるからね。そしたら忘れてしまうからね」
私にとっているそれは罪の印に思えた。いつか、この罪が消えるのなら何でもするから!とおもっていたのに、救いの言葉だった。
お姉さんが僕の罪を救ってくれるのかと思うと、涙が止まらなくなった。
二人だけでケーキを食べていると、そこに小学校五年生の姉が友達を三人ほど連れて帰ってきた。
「わあ、ケーキ」
「ちかちゃん。しばらくぶりね。ずいぶん大きくなったわね。ケーキはたくさん買ってきたから、みんなで食べて」
「ありがとう」というが早いか、ひとくち口に入れながら「いただきます」といった。
この姉といると、私は落ち着きをなくし生存競争の嵐に巻き込まれた。透明な世界が濁りはじめ、汗とか匂いが姉から飛んできた。
ケーキを口に詰め込むと、姉たちは猿になってビワの木に登りはじめた。枝に手が届かない私は猿の群れをしたから見上げるしかなかったが、面白いものを見つけてしまった。
「あ、パンツ穴あいとう」
「だれの?だれのパンツ?」
姉ちゃんたちはスカートの下に手を当てていたが、その猿の群れの一人が黙って木から降りていった。やぶれたパンツの子は最初からそれがわかっていて、思い出して慌てて木から降りたのだ。
つづいて姉ちゃんも木から降りてきた。
「どこに穴あいとん?」と姉はおもいっきり私の額を引っぱたいた。ゴム底の靴の跡が
しっかりと私の額に彫り込まれたみたいだ。
黙っていたら、姉ちゃんはさらに追い討ちをかけてきた。
「スケベー。ほんまこの子はスケベーやわ。としちゃんはわたしのことをねーちゃんと呼ばんと、みんなのまえではお姉さんとちゃんと呼びなさい」
それは出来ない相談だった。お姉さんとねえちゃんは月とスッポンだとお母さんも言っていた。
続いて破れパンツのやっちゃんが言った。
「あんたが、ケーキを二つも食べたから、わたしのケーキがなくなったんや」
「あれは、僕のや!全部僕のんや!」
振り向いてみたが、そこにはお姉さんは見えなかった。
「よし、よし」と姉ちゃんが私の頭をぐしゃぐしゃに撫でたら、母親の声がした。
「女の子は木に登ったらあかんでしょ」

それから、しばらくお姉さんは来なくなった。祖母の話ではサナトリュームに入ったらしい。
でも、私が小学校二年生から三年生に上がる頃、お姉さんはまた突然やってきた。それから必ず少なくとも月に一度はおばあさんの教室にやってきて、日本舞踊の三味線を弾き、時には小唄を歌ったが、お姉さんが来ない時には教室には大きなレコード盤があって、私が小唄のレコーはお姉さんの小唄も三味線も引き受けた気持ちになっていた。それどころか、お姉さんの病気も引き受けたいと思った。
家にはおばあさんの小唄レコードとともに、船乗りだった祖父の集めたクラシック音楽のレコードのSP盤もあり、誰もいない時にそれを聴くのが楽しかった。誰もいない時におじいさんのレコードを聞いていると涙が出てきた。特に、アヴェマリヤ と繰り返して聴こえてくる歌は、お姉さんのことを歌っているみたいで、そう思うと、もう涙が止まらなくなった。しかし、家に誰もいない時にも祖父の視線だけが残っていて、全てを見ているような気がした。きっとアヴェマリヤが祖父を呼んでいたからだ。
祖父は恐ろしい存在であった。黒い髭を生やした大男で、生きているのか死んでいるのかわからない。死を超越して海上をさまよっていて、帰ってくるのかどうかもわからない。あたかも、陸地にはなんの愛着もなく海を住処とし、雷に照らされて海に逃げ込むセイウチのような存在であった。子供や孫にもほとんど顔を見せることなく、日本のどこかの港に着くと会員会館に祖母を呼びつけるだけで、ポセイドン・シーメンス・セイラー・マリナーなどが彼の呼び名だと子供のころの私には思われた。
ポセイドンは決して歳をとらず、どうしても死ねないから生きているだけだと祖母から聞かされていた。海上から汽笛がなるたびに私は震え上がりほとんど見たことのない顔が十字架の前のキリストとなって迫ってきた。
祖父は誰もが寝静まった深夜に家に帰ってくるような気がした。坂道には港から引かれた一本のロープがあり、その先には祖母が待ちかまえ、ゆっくりゆっくりと祖父は大きく近づいてくる。祖父は限りなく大きくなっていくのだった。
私は自分が限りなく大きくなる悪夢にうなされた。祖母があんたはおじいさんにそっくりだというからだ。私は父を超え祖父を超え、限りなく大きくなって化け物になるのだ。
祖父は私を嫌っていたのではなく、私を恐れていたに違いない。
私はふと、自分の本当の父親は祖父で、本当の母親はお姉さんではないかと思うことがある。そのような本当の話というものは沈黙の中に隠れていて、全ての情報は嘘のような気がした。大人は嘘ばかりついていて、世界は嘘でできている。その嘘を引き剥がして真実を引きずり出すには小説家になるしかないとこども心に思った。だから、大人たちは「小説家にだけはなるな」と僕に言い続けているのだと思った。

「お姉さんはね、自分が生きていることを確かめるためにここにくるのよ。お姉さんが蓮池にやってくるのはね、蓮の花が毎朝開くのを見るためだけど、それはね、お姉さんの中にも命が毎朝開くのを感じるためなのよ。としちゃんはかしこいから分かるでしょ」
「うん、よくわかる」
お姉さんの胸の中には小さな花の蕾が育っていて、それを毎朝咲かせにくるのだと思った。お姉さんはその蕾をいけに返そうと思ってやってくるが、愛おしそうに蕾を胸に抱きしめて、また帰って行くのであった。まるで、僕を連れ帰る身代わりに。僕は別れる時に恋をする自分に気がついた。

さらに数日すると、またお姉さんがやってきた。
「お別れの挨拶に来たのよ」と言いながら小さな箱を僕に見せた。
「これはね、お姉さんからのプレゼントよ」
箱を開けると中から小さなペンダントが出てきた。ハート形の蓋を爪で押し上げると中からお姉さんの顔が出てきた。
ヨットのペンダントのほうがいいのにと思いながら見ていると、
「これはね、まだ誰にも見せたらだめなのよ。宝物なんだからね。もし、お姉さんがいなくなってからならぶら下げても見せてもいいけど、今は大切にしまっておくのよ」
「なんだ、僕の写真が入っているのかと思った。だって、この間、お姉さんは僕の写真を撮ったでしょ」
「としちゃんの写真は、ほら、お姉さんがちゃんと持っているのよ」
二つのペンダントを並べて見せた。二人の笑顔はとても似ていた。
「僕はヨットのペンダントのほうがいい」
それでもハート型のお姉さんが笑っている。永遠に笑っている。

「おねえさん。ぼくはかしこいから、おねえさんのことを一度もおかあさんとよんだことがないよ」



# by glykeria | 2018-07-08 07:59 | 小説 | Comments(0)

港の構造 出版にあたって 高木敏克

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詩人として作家として神戸の仲間たちのお世話になりながら、小説集「港の構造」を上梓させていただく運びとなりました。
発行予定日は2018年8月5日です。
航跡舎はこれまで同人誌「漿」同人誌「シリウス」などを発信し続けてまいりました。
また、永末恵子の句集「発色」「留守」「借景」を出版しました。
幸いにも、いずれの作品も好評をいただきました。...
しかし、高木敏克の小説集は、いずれも他の出版社からのものです。
初めて航跡舎から自分自身の作品集を出版するわけですが、これは商業的理由からではなく、同人並びに永末恵子に寄り添いたいという気持ちからです。
この間、永田耕衣 橋閒石 生田耕作 その他の出版で有名な創文社の村上氏を訪ね、貴重な助言を戴きました。深く感謝しております。
また、出版社・澪標の松村信人氏やマロウド出版の大橋愛由等氏から様々な技術をご享受賜り感謝しています。
今後は永末恵子の第二版句集から全集に至るまでの句集に心血を注ぎつつ、自身の作品もできる限り出版したいと思います。
多くの小説家が売れることを目的に書かれている中、そうでもない作家にも出会えたのは神戸という土地柄ではないかと思います。
売れない作家というのは幸福なものですよ。
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# by glykeria | 2018-06-26 00:04 | Comments(0)

不思議な三つの風景

不思議な三つの風景

                              高木敏克

浮森

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君が死んでしまっているのに僕がまだ生きているということは、それだけで不思議な風景なのに、君はまた言った。

「不思議な風景ねえ」

三木市別所町の辺りを車で走っていると、五月なので田に水がはられていて、山際まで水鏡が鈍く光っていた。

「ねえ、山が水に浮かんでいるわ」

「ほんとだ、水面と山の間には確かに闇のすき間がある」

「ねえ、山がいま少し動いたわ。やっぱり山は水に浮かんでいるのね。わたし見てくる」

君は山に突き刺さる一本のあぜ道を足音もなく歩いてゆくと、闇のすき間に曲がりくねった小径をみつけたみたいだ。僕は君を追う。悪い癖だ。黙ってどこかに行ってしまう君の悪い癖だ。

柳田猫の目

君の住んでいるところは地名のないところなのに、君はまた言った。

「ねえ、今見た。不思議な地名ね」

能登半島の先端を目指していると、道は途中から真の闇に包まれていた。他には何も見えないのに、柳田猫の目という世界に一つしかない地名があらわれた。振り向いても闇の中には柳田猫の目がある。

私は年老いてあれが能登半島なのか丹後半島なのか、君が妻なのか恋人なのかわからなくなってきた。すべては闇に中に消えてゆくみたいだ。

「わたしは、ずっと恋人よ。柳田猫の目は丹後半島と能登半島の間にあるわ」

「ああ、わかったよ。君はそのあたりにいるんだね」

ケイタイが切れちまった。

狐塚

子供の頃、僕は真っ直ぐに窓の外を見ていた。谷は一見すべて人間に征服されているように見えたが、狐塚の周辺には僅かばかりの自然が残されており、名前のよく分からない黒い樹木が風に騒いでいた。それは透明な風に揺れているというよりは無数の黒い枝で何かを手招いているように見えた。突き抜けるような月夜の下では繁みは闇の怪物のように見えていた。山の木々が谷に向かって今にも襲いかかりそうな勢いで自分たちの子供を捜しているように見えた。そのため、谷がどんどんと大きくなり、僕もそれに釣られてどんどんと浮き上がってゆくのが分かった。自分というものがくっきりとした闇の塊になり、どんどん大きくなってゆく。僕は月明りの中で、はっとしてやがて恐怖のために震えだしたのです。生きるということは、耐えられないことだが、どんどんと大きくなってゆくことなのだ。体がどんどん大きくなり、まったく何の面白味もない領域に自分の生命がはみ出してゆく。勉強だとか仕事だとかいう、生命にとっては楽しみからかけ離れたところに、大人という存在の位置があるのだとすれば、大きくなることはなんて恐ろしいことだろうか?大人なんて夢を消す闇のようなものだ。そう思うと僕の身体は鉛のように重たくなって沈みそうになる。僕はそう言う夜には石のように小さくなって蒲団の中に潜り込んだものだ。その大きくなる恐怖に比べたら、何時までも小さなまま蒲団の中から出ないことの方がどんなに幸せだろうか?例えそのまま死んでしまうことがあっても、何もしないまま小さくなる方がどんなに幸せだろうと思うことがあったのです。そう思って僕はこの谷に帰ってきたのですが、でも、僕の生まれ育った当時の谷はもう埋まっていて、闇の中にしかないのです。帰ろうと思ってももう帰る所はないのです。僕の幼年期も少年期も時間の闇と空間の闇の中に埋め尽くされているのです。帰ってきても自分自身にさえもう会えないのです。


# by glykeria | 2018-05-28 07:15 | Comments(0)

オドラデック

オドラデックとはなにか

フランツ・カフカ「父の心配」の考察

takagi binkoku


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人生、なかったことにしてほしいことが多すぎる。なかったことにしてほしい後悔はその裏舞台の幕を剥ぐと見るの喜劇となる。なかったことにしてほしい願望はフランツ・カフカ作家活動を通じて最初から最後まで見受けられ、最終的には全作品を焼きはらおうとする衝動に駆り立てられた人生ではなく作品の消滅を願ったとしたら、それはなぜなの

彼は私小説家ではない。はなかったことを有ったことのように書く小説家である。そして実人生を小説に移し替えた私小説家なら自殺すべきところも、人生は変身させて焼却できると思っている。忘れてはならないのは、彼の職場経済的な損失をなかったことにしてくれ労災保険事務所であり、仕事が終えて家に帰ってくると、有りもしないことを有ったこととして書き上げる小説家に変身していた言い換えると、生活ではリスクを回避する小市民的なリスクマネージャであり、帰宅すると小説家としてありえない世界を化け物として描き出すリスク・メーカーで有り続けこのことは矛盾しているように見えるが、なかったことにしてほしい人生を作品において別物に変身させるという意味においては合理的に成功した生き方であった自分を作品に入れ替えれば自分自身の悲劇を他人ごととして楽しむこともできるし焼き去ることもできるとおもっている作家不幸な自分の人生も喜劇として愉快に味わうことのできる観客にな作家とはもう一人の自分というよりは乖離した他者に他ならない自身の不幸を不幸として書き続ける私小説家は生きていても絶対に楽しくない。自分を彼に、つまりは一人称を三人称に変身させることによって悲劇も甘く味わえる。カフカの小説は他人ごとの小説なのだ。全作品を燃やすことも外化された甘い悲劇として味わえる。彼の実人生は作品とは別のところにある。

彼はになると作家という毒虫に変身し、私人としての自分自身の人生には保険をかけ、作家としての自分自身からは保険を外していた。つまりは作家存在をリスクそのものとして大きく育て上げていった

政府系の労災保険事務所で働いたカフカは文字通り巨大組織の小さな歯車であり、組織の中では様々な歯車と組み合わさって巨大は城のような組織をなめらかに回転させる部品に過ぎない。近代における初歩的な個人主義の自覚においては個人とは巨大な機械組織から外れて落ちるか弾き出される一つの歯車である。カフカの小説「流刑地にて」においても巨大な人間性処刑機械から歯車が次から次へと時間の砂に落ちて行くシーンが出て来るが、短編「父の心配においても機械から外れた歯車とも結び目だらけの糸巻きともつかぬ「オドラデック」という疎外体が登場する。組織から外れた個人存在としてのオドラデックは組織に組み込まれた歯車あるいは組織の中でボロボロになった人間関係を繕い続ける糸巻きである。それは比喩的存在なのか?カフカ小説が散文詩とは言えないのはその世界が比喩によって展開するのではなく、唐突な登場と変身によって演劇的に展開する点である。そのためにすべての登場人物や登場物は具体的で重みのある存在である。

オドラデックも疎外されたしこりのような存在感を持っている。

――あれはどうなる。とわたしはむなしい自問自答を続ける。あれに死があるのだろうか死ぬものはすべて、死に先立って一種の目的を持ち、一種の活動を続け、そうしたことに自分自身をすり減らすのである、これはオドラデックにはあてはまらない

だからあれは、糸を長く後ろに引きずりながら、私の子供の足もとを、子供のそのまた子供の足もとを通りぬけ、階段をころころと転がり落ちて行く(中略)しかしあれがわたしの死後もやはりそんなふうにして生き残っていかなければならぬかとおもうと、一種の苦痛にちかい感情に襲われるのだ。

だが、カフカはオドラデックを自分のようだとは思っていない。それをカフカ自身の不幸の比喩として受け取ってはならない。心配しているのは父親だけだというところに「父の心配」という題名の意味がある。この小説の裏にはニタっと笑っているカフカの顔が隠れている。彼の父親カフカに徹夜の小説家などはあきらめてもらいまともな結婚で家庭を築き早く孫の顔を見せてほしいという当たり前の願望があった。そのためには彼の小説をすべて焼き払ってしまいたいと思っている節があった。これはカフカにとっては父の不幸であり、親不孝の自責の念があった。父親から見ると文学は道楽に過ぎない。

 オドラデックはカフカの不幸を象徴しているのではなく、作品というものの不幸を象徴しているだけだ。父親がそんなに心配するのなら永遠に残りそうな作品は燃やしてしまえばよいのだ。

 家族や親せきのことを考えると私小説のようなものは書かないほうが良い。私小説によって、どれだけの人が救いがたい悲劇に飲み込まれるのかと思うと私小説は書けなくなる。プライバシーは露出しないことが親に対しても兄弟親戚にも迷惑をかけない掟だ。おそらく私小説の遺構が見つかるとカフカの父親が生きていたら燃やすだろうと思う。

カフカの小説が面白いのは私小説にはない愉快さが充ちているからだろう。不幸さえも読むと楽しいということは劇作家として成功している証拠だ。

組織としての喜劇と個人としての悲劇との行き違いとしてカフカの小説は近代社会と同じように成り立っている。そのドタバタの喜劇と悲劇の行き違いとは生きることの矛盾ともジレンマとも自己疎外とも言えるがそれは近代から現代が引き継いでいる負の遺産でありカフカにも返済できていないようにみえる

カフカの「審判」「判決」「城」などに出てくる裁判劇は軽く読むと現代そのものに見える

裁判は有ったことを有ったこととして暴く事である。

テレビや週刊紙で暴かれることは裁判劇に他ならない。テレビや週刊誌に(密告)されたりすると、子羊たちは震え上がり、密告は金を得る

だれかがヨーゼフKを中傷したにちがいなかった。なぜなら、何も悪いことをした覚えがないのにある朝逮捕されたからである。彼に部屋を貸しているグルーバッハ夫人の料理女が、いつもは八時ごろ朝食を運んでくるのに、この日に限ってやってこなかった」(審判第一章冒頭)

いまや誰かを拘束しようとすれば理由と証拠はいくらでもある。なかったことなどはどこにもないどこの国も警察国家になっているのではないかという疑念がふと立ち上る

子羊たちは「なかったことにして欲しい」とおもう。できることなら変身してザムザ(変身の主人公)になりたいところだ

 おおむね、カフカ小説の登場人物は次の三種類だ。裁判劇とはあったことなかったことにして欲しい被告と弁護士、なかったこともあったことにして欲しい原告と検事、あったことを有ったこととして裁きたい裁判官と判事で演じられるただし主人公はそのいずれにも属さない変化(へんげ)である。


# by glykeria | 2018-04-23 22:29 | エッセイ | Comments(0)

フランツ・カフカ「ある流刑地の話」の考察

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高木敏克
フランツ・カフカ「ある流刑地の話」の考察

髙木敏克

離島の処刑場にやって来た旅人は死刑を執行しようとする将校に尋ねた。
「この男は処刑されることを知っているのですか?」
将校は傲慢に次のように返答した。
「知らせても仕方がないでしょう。自分の身体に書いてあればわかることです」
不審そうに見返す旅人に、将校は次のように付け加えた。
「つまり、上官に服従すべしと身体に彫り込むのです」
どういうことなのか、不安そうな旅人に、込み入った説明がなされた。
「あの図案箱の中に歯車があって馬鍬の運動を司っています。この歯車は判決の言葉に応じて調節されるのです。わたしは現在も前の閣下の言葉を使用しています」
それは十二時間かけて判決を犯人に刻みつけるというこただった。目で見て文字の意味を解くのは容易ではない。(中略)男は自分の傷で謎を解くのです。
かっては民衆の圧倒的な支持を受けていたこの処刑方法を公然と支持する将校は前の司令官の唯一の遺産相続人であった。しかし、今では司令官の会議には出席させてもらえない。栄光の公用処刑は過去のものになってしまったと将校はいうのであった。

流刑地はヨーロッパとアジアの境界にあることがうかがえる。
将校が女持ちの綺麗なハンカチーフを二枚取り出すと軍服の襟に差し込んだ。
「その軍服はどう見ても熱帯向きには見えませんね」
とヨーロッパからの旅行者はいう。
将校は巨大なミシンのような針のついた機械でー「上官に従うべし」という文字を犯人に彫りこもうとしている。旅行者は裁判の手続きの説明が呑み込めない。「処刑されることは知っているのですか」
「知らないのです」と将校は応える。
「自分で自分の判決が分からないのですね」と旅行者が聞くと、
「そうです」と将校は答える。
字を刻むことによってことは進んでゆく。
この島に於いては被告が罪を認め罰を受けると判決が無いまま処刑される。
話をきいていくと、将校はすでに亡くなっている前任の司令官の忠実な部下である。やがて、旅行者は正体をあらわす。謎めいた旅行者は本土に於いて新任の司令官から任を負った学者らしい。カフカの小説においては主人公は普遍的な私ではない。語り手が謎めいて現れ、やがて本賞を現したり、目の前で異貌に変態する。単なる私に見える主人公は私から彼に変わってゆく。つまり語り口は私小説風ではなく呪術風であり、呪いをかけて情景以上に登場人物が変化する。普通の旅行者ならば変化する周囲の風景を描写するところだろう。ところが、カフカの小説においては風景は変わらず主人公の移動は限られ閉じ込められている。読者は状況変化によって時間を感じるのではなく、主体変化によって時の流れを知ることになる。そのために読者はタイムトラベラーの時間を生きることになる。
主人公である旅行者は島での処刑の様子を黙って観察し、処刑の途中で自分の参考意見を述べたのである。
それは、アジア的な裁判抜きの処刑と拷問を過去のものとして葬るべきだという意見であった。すると将校は犯人を機械から下ろし、自分自身を処刑機械に繋いだ。この将校の変身ぶりには驚かされる。彼は専制君主の下僕からいきなり民主的正義漢に瞬間移動するのである。まるで東洋的専制制度から西欧的民主共和制度に呪縛を解かれた羊のように狼の着ぐるみを脱ぎ捨てるのである。

この将校の姿には第二次体戦敗戦後の日本人が重なって見える。今まで否定していた価値を肯定し、これまで肯定していた価値を否定する。ただし、日本人のように素知らぬ顔での無責任は許されない。もはや自己肯定できる存在ではないという自覚には気品がある。あたかも敗戦により切腹した将校には自己否定の潔さがあるように。
流刑地の将校は言葉によって自己処刑する。つまり自己判決を下すのである.
「汝公正なるべし」という言葉で自分を処刑しようとした。処刑機械で犯人を殺しかけていた将校は「釈放する!」と犯人に告げた。
「汝公正なるべし!」と革製の紙挟みの書類を旅行者に見せた。将校は機械の点検を済ませ、軍服を脱ぎ全裸になった。犯人に起こったことが、今度は将校に起こった。将校は処刑機械に自分自身をセットした。図書箱の中から歯車が居場所をなくして墜落して砂の中に突き刺さったまましばらく回転を続けた。
歯車は暗箱の中でなめらかに回転していたのに図案を裸体に刻みはじめると次々に姿を現しててにおえない存在になってゆく。
機械は身体に字を刻みこむ機能を失い、拷問機から殺人機に変身して将校を刺し殺してしまう。結局世界は言葉に支配されている王国である。カフカの小説は全て自己判決のための作品にも見えてくる。
それまでは静かに回転していた暗箱の中から文字を組み込む歯車が姿をあらわして砂の中に落ち始めた。制度の機械の歯車として回転し続けている限り、自己判決はあり得ないのだが、機械から外れ落ちる時から個人が成立する。
やがて、次々に大小の歯車が飛び出して、機械は完全に壊れてしまった。
いったい世界の何が崩れ始めたのだろうか。
流刑の島はあたかもこの世とあの世、西と東の世界の境界に二つの考え方が二つの潮流のごとくいきちがった離島に見える。あるいは、潮流と本土の瀬戸際の象徴のごとくに存在している。処刑機械はその行き違いのままの潮流を縫い上げるかのように狂気そのものとして一人の人間を縫い上げようとしている。潮流には制度の大陸をも打ち崩す力が潜んでいるように思える。動かぬ風景の中で動くものは何なのか。おそらく動く潮流こそが時間を支配する。
それまでの将校はこの処刑機について説明し続け、旅行者は黙ってそれを聴いていた。この機械そのものが制度というものの道理を表しているにもかかわらず、機械式運動は、その道理には何の真実も存在しないないかのごとく事の成り行きは時を刻んでゆく。
フランツ・カフカの小説は事の成り行きの中では善は悪に裁くものは裁かれる者へと簡単に変身してゆく。絶対的という静止世界の真実はことごとく崩れ流れ、その流れの時間にこそ真実があるとするフランツ・カフカの小説は事語りである。

処刑場から解放された犯人と一人の兵隊は人里の方向にやってきて人家のあるところにたどり着くとそこには洞窟のような喫茶店があり、中に入ると沖仲仕らしい客がいてテーブルの下には墓石がある。
それは処刑機械を推奨してきた前司令官の墓である。しかも、人々に踏まれては蹴飛ばされる位置にある。それはすでに墓の意味を失い島の心と本土の心の行き違う境界を象徴する記念碑に過ぎない。あるいは、すべての記念碑や墓は行き違いの境界に過ぎないのかもしれない。祈るものの視線と祈られるものの視線は決して交わることがない境界かもしれない。
人は単なる旅人であり続けることはできないのかもしれない。なんらかの使命を負った存在にならされているのかもしれない。
旅行者が流刑の島を離れようとすると、犯人と一人の兵隊が一緒に船に飛び移ろうとするが、旅行者は束ねてあるずっしりとした綱を一本持ち上げるとそれで二人をおどしつけ、飛び乗ることを諦めさせた。このけじめは一体何なのか。









# by glykeria | 2018-04-23 22:20 | エッセイ | Comments(0)

境界の文学



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境界の文学

高木敏克

(一)えらぶ!境界からの思考

えらぶとは沖永良部島のことであり、前利潔氏によると「この島の境界としての特徴は、北からは日本本土と鹿児島、そして南からは沖縄の政治行政の力、近代の力、そして文化の力がぶつかりあう境界空間にあり、これらの力が交差する「場」という点である」

 この境界から、いったい何が見えるのか、私は二〇一八年一月十五に鹿児島から、インド料理のナンの形をした「えらぶ」に着陸した。前利潔氏は沖永良部島に生まれ、知名町役場に勤務しながら「無国籍地帯、奄美諸島」など、多くの著作で知られるが、彼の車で島のあちこちを観察させていただいた。南西部がサンゴ礁の浜であるのに対して、北東部の海岸は恐ろしいばかりの深い潮流に侵食されて、陸地が大きくえぐられる形の断崖絶壁になっていた。そのために島全体は半分食べかけのナンになっていて、イーストで膨らんだような丘が二四〇メートルほどの標高となり、大山と呼ばれるところがなんとも牧歌的な風景に見えた。丘の中腹には島の墓地があり、その日「墓正月」という墓参があった。墓石の前で親戚縁者が集い、重箱をつつきながら、お湯割りの島焼酎がぐるぐる回る。私は三六〇度めぐる水平線に見とれてしまった。そして、海が陸より高く見える錯覚に酔い、帰るところのない恐怖を感じた。

 その晩、知名町のホテルに泊まった私は村上春樹も驚くだろう風の歌に悩まされた。魔界島には境界地獄の風が吹いていた。風は魔女の叫び声となって襲い掛かってくる。なんのことはない。暑くて部屋のドアを少し開けたのでその隙間を廊下の風が吹き抜けてゆく音なのだ。安心もつかの間、窓から波の音が聞こえてきた。もし津波が来たら、海は風のようにこの島を通り抜けるだろう。出来事は本土からは見えないだろう。本土から境界への移動は時間がかかる。この長時間が長距離よりもこの島を孤立させている。

 そもそも、日本の国家は、本土の距離と時間を制圧することにより成立した。その結果、単系列の時間につながる歴史空間と統一国家としての大和が内外に認められるようになった。そして不思議なことに戦艦大和は無国籍の境界の海に沈んでいる。

 前利氏の話によると、この単系列の時間と空間に統一されないところに境界がある。奄美諸島は沖縄琉球王朝の時空にも統一されることなく、無国籍地帯の境界に存在するということだった。

(二)ヤポネシア史観

 

 前利氏は奄美諸島をめぐる島尾敏雄や一色次郎についても数多く書いている。彼によると、島尾敏雄のヤポネシア論は多系列の時間を総合的に所有する空間概念として存在するのがヤポネシアであるとする。つまり、島尾の奄美諸島に対する空間概念は、歴史認識により、時空概念として止揚されたと言わざるをえないが、私にはヤポネシア論は次のように日本を読みなおしているように見える。

本土にも多系列の時間があり、統一時間以前の縄文時代からの多系列の歴史時間を読みなおすと、国家史観的な歴史認識を民衆史観的潮流のダイナミズムに裏がえした。

奄美諸島の旅を終え、神戸に帰ってきた私は考えた。ヤポネシア論は史観であるが、そのヤポネシアの海に向けて広がる神戸は一見すると多国籍都市に見えるが実は無国籍都市ではないか。神戸は古代から中世、近代、現代にわたる多系列の歴史を重ねている都市である。また、多国籍の船舶を迎える港湾都市の本質は無国籍ではないのかとおもえる。すると、奄美諸島と神戸は繋がって見えてくる。多国籍に接する港町神戸も境界の無国籍地帯であり、多系列の時間を含みつつ、無国籍の奄美諸島と表裏一体の関係となる。あとは、双方に境界の文学を打ち立てるばかりであると思った。神戸はその名の通り、そもそも無国籍の神々のゲートウェイであり、島尾敏雄のヤポネシア論を多系列の時間を総合的に所有する空間概念として受容する本土の拠点として神戸をとらえることはまんざら悪い考えではないように思えた。そのためには、根源的な文学としての神話の世界を辿らなければならないと思った。

(三)おのころ島

沖永良部島の創世神話「島建てシンゴ」は七世紀から八世紀ごろ創世神・島クブタを主題に国土創世から人間誕生、そして穀物の起源までを描くことで物語としての体系的な完結性を持っている。(前利潔「無国籍の奄美」二〇〇三年八月「論歴」より)

同じような記述は古事記の中の「おのころ島」にもある。淡路島の自凝島神社(おのころじまんじんじゃ)があり、さらにまた、淡路島の南西に勾玉(まがたま)の形で、ひょっこり浮かんでいる沼島(ぬしま)にも自凝神社(おのころじんじゃ)がある。沼島に行くには、あわじ市の灘(なだ)の土生の港(はぶのみなと)から連絡船が出ている。十五分程揺られると沼島港に着く。名物はハブ料理ではなくハモ料理である。いかにもこの辺りはその昔に境界の島辺りから時間をかけてやってきたシマンチュウがハモとハブを見間違えたのではないかと思える雰囲気がある。沼島港から南に海岸沿いに歩き、細い山道を十分程登った丘の上に自凝神社がある。沼島は空から見ると勾玉(まがたま)の形にもインドのナンというパンにも見える。この島の形状は沖永良部島に実によく似ている。おそらく、古代人には国造りの神の島ではなかったのではないだろうか。人口はすくなく四百七十人程度であるがハモ料理の季節には十倍の人口になり、宿泊が困難となる。

この島では風が大きく行き違い、島の北と南では風向は全く異なる。島は潮流が激しく行き違い渦潮から島が生まれたとする古代人の発想の磁場である。島があるから潮流や風が行き違うのだとする因果律は近代人の発想である。そもそも、島はなぜそこにあるのかという古代人の問いには何も答えていない。神のみぞ知るその答えに島人は古代よりしがみついて生きてきた。ここは鳴門秘帳:幕府打倒の陰謀の舞台に近く、鳴門海峡の東の入口にある阿波との境界の渦潮の孤島である。


(四)境界とは何か

そもそも、境界とは何なのか?境界というものはあるのだろうか?あるとすれば何と何の境界なのか、ここで見極めなければならないと思った。境界とは見えるものではなく感じるものではないのかとも思った。私が個人的に感じてきた境界とは海峡の二つの潮流であり、そこでは二つの流れがひしめき、行き違っている。

海峡に立ちつくすと、そこでは境界は「もの」としてあるのではなく、「こと」としてある。つまり、境界というものはない。境界ということならある。

何と何の境界だろうという第一の問いの答えはすぐに出た。文化や行政の流れと流れが行き違うことが境界現象なのだ。境界とは絶えず生きて動いている。

島は潮流が激しく行き違う場所であり、渦潮から島が生まれたとする古代人の発想が間違いだとする根拠はない。島があるから潮流や風が行き違うのだとする因果律は近代の発想である。そもそも、島はなぜそこにあるのかという古代人の問いにはなにもこたえていない。境界があるから島があるとすれば、総てがすっきりと理解できる。島があるから海流があるのではなく、海流があるから島が生まれた。男と女がいるから男と女は食い違い、恋愛がある。リアリティーとは行き違うことである。

例えば、吉本龍明が島尾敏雄の文学の根拠は異和にあるという場合の吉本の境界のとらえ方は「もの」である。吉本の限界は、言葉をものとして(表出として、とらえるところであり、言葉とは事の流れそのことであり、そのものではないということが分かっていないことである。つまり。ものは理解できてもことの流れが理解できていない。ものの道理を説くことはできても、ことの流れが表現できないのは、彼には小説が書けないということを語っている。

小説を書くサルトルがマロニエの幹の肌を見て感じる吐き気はこれとは違う。小説「嘔吐」の中のリアリティーは単なる異和を超えた意識の流れの発動であり、サルトルの実存体験は「これで書ける」という、作家のリアリティーそれだけである。

書くことの責任は「書ける」というところまでであり、それを読んだ読者は「これで生きてゆける」というリアリティーの権利を得ることである。

このことは、神話においても同じことである。神話はなぜ存在するのかを説き、それを知って人々は生きる。


# by glykeria | 2018-02-28 11:11 | Comments(0)

母「青幻記」 と 父「太陽と鎖」のあいだのエラブ

母「青幻記」 と 父「太陽と鎖」のあいだのエラブ


高木敏克(2018.1.15

一色次郎の「青幻記」情景は実に生き生きとして美しい。主人公の「稔」が母の「さわ」とともに、生まれ故郷の沖永良部島に戻ったのは母が三十二歳、稔が小学校五年生の時であった。自然は限りなく大きく、人間は限りなく小さく感じられる。自然の風景は極めて端正で清潔に見えるのに対して小さな人間存在は不安げで不定形に見える。鳥も魚も植物も神が直接作ったように見えるのに、人間は、泥からできたカオスを残している。

この島では海を見ていると一瞬海の限りない恐怖に支配されているように感じる。怒涛となって打ち寄せる恐怖に打ち勝つには海に打って出るしかないように思える。勇気があるからではなく恐怖のために海に出る。そして孤島にたどり着くとその恐怖はさらに深まり、青すぎる宇宙の闇に一人浮かんでいる心地になる。「青幻記」は次のようにはじまる。

―――強風はこやみもなく吹き、海浜の風景は、ただ、広く明るいばかりである。その空虚な雰囲気には、まるで、そこに人間が立っていることを許さないような、きびしいものさえ感じられた。そんな、おそろしいまでの清潔な感じがみなぎっていた。(青幻記P7

この恐怖を引きずらざるを得ないのは、人間には不幸の自覚があるからだろう。この不幸の自覚の第一は父が結婚以前に結核を病んでおり母も感染していること。そして、第二の理由としては、稔が母から隔離されなければならない運命を背負っていることであろう。

しかし、島に着いた時、母は後悔していたのである。母は結核にかかっていて、なにより恐れていたのは息子の稔に感染させてはならないから、鹿児島の港から島に連れてこないことを決心していたのである。

以下は、母からの直接の言葉としてではなく、母の死後にユタ(占い師)が、死について理解しえない稔に事実を説明するために、母の霊を呼び起こして語られたものであった。

―――稔さん、許してください。お母さんは、あなたの島に連れてきてはいけなかったのです。あなたは、島では暮らしていけない方です。それがわかっていながら、お顔を見ると少しでも一緒に居たくなって、お母さん、僕も一緒に連れていってください、とあなたがいってくださったとき、お母さんは、うっかりうなずいてしまった。(青幻記p125

ようやく、母の死を理解できた稔は母の魂が戻ってきたザクロの木の幹をつかみながら「おかああさーーん」と叫んだ。「稔さーーん」と母の声が返ってきた。

―――「ゆるしてくださぁーい!でも、稔さん、お母さんは楽しかった。あなたと島で暮らした六か月は、決して長いとは言えないものでした。でも、誰にも邪魔されず、ふたり水入らずで暮らすことができた。この六か月がなかったら、お母さんの人生は、あんまり、みじめです」

さらに、不幸の自覚の第三の大きな理由は、歴史的な宿命だった。沖永良部島は、島ごと逃げ出したくなるような内地からの厳しい搾取の対象になっていた。稔の漠然とした海辺の不安は、さらに深い無意識の記憶の中からの不安な宿命として浮かんでいる。老人は次のように告げる。

―――「鹿児島の人間は、鬼より恐ろしいもんじゃったぞ。それでなあ、それでなあ、毎年佐藤役人が来ると、島の者は機嫌取りにな、島一番の娘を差し出したものじゃ。丑松ばあさん(曾祖母)が、その人身御供に上げられて、そうして生まれたのが公平(祖父)じゃ・・」

・・どことなく異なるものを感じて違和感を抱いたのも、その家系にほかの血が混じっているからだ。(太陽と鎖P191

その血は邪悪なにおいがするものかもしれない。その祖父というのは妻のほかにも女を持っていて分家を作っているのだから。

―――島々に若い娘の人身御供を要求する鹿児島役人、それを黙認する島役人。その島役人が和泊警察に変わっても、島民を虫けら同様に扱う気風はそのまま伝わったのだ。その和泊警察署が、青年団を支持しないで八合側についた。これでは勝目が出るはずがない。(同P192

 父の子であり稔の父である元(げん)はその邪悪な血に襲われることになる。大正五年六月十三日に沖永良部島の余多村で起きた八合事件で島の青年団と暴力団が「謎の衝突」に巻き込まれた元は冤罪で服役した刑務所で結核を悪化させ、かろうじて入院できたものの手遅れで、獄中死同然の病死をした。「謎の衝突」といえるのは島の警察も鹿児島の裁判所も現場検証も証拠品もないまま、暴力団を恐れて暴力団の被害届を受けて、暴力団を一人も逮捕することなく、早計な裁判がなされて、青年団員九人が投獄された。懲役三年が四人、懲役二年が五人で稔の父親も青年団の安易な口裏合わせの契約で真実は闇に隠れたままになっていた。四十七年間もの間。

――― 誰にも言わんと、約束したんだぞ。八合次郎は、みんなでやったことにしようと、余多村の青年団が契約したんだぞ。

こう言い放つのは何年もの間、だ怯え続けながら八合次郎を臼(うす)ノミで突き刺した実行犯の老人である。

―――「八合を探しに行くときには青年団の団長は、八合を見つけても手出しをしてはならんと言いましたね」「それから、刃物も持ってはいけないという命令も出しましたね」「貝と藪原の二人は、この命令に背いたわけですね」(同P193

 貝は水の中に隠れてしゃがんでいる八合に向かって人の頭ほどある石を「・・・・投げたのが当たって、八合は水に浮かんでしまった」竹春村という男は「臼ノミでな。臼を削るときの臼ノミでな柄の長さが四尺もあるんじゃ。そんなもので三人が代わる代わる叩いたで、八合はすぐにぐったりしてしもた」(同P167

 人間がそこまで残酷になれるものなのか、考えても解らない。ただ、人間を狂気に走らせるものは恐怖以外にないのではないか。傷ついた生き物は恐怖を感じつつ自らも相手に恐怖を与える。崩れた顔や身体は恐怖の対象になり、化け物に見え、恐怖にかられた相手はそれが消えるまで、つまりは死ぬまで攻撃をやめない。それが殺人だ。だから、人を殺めないためには勇気が必要だと思う。壊れた自分を恐怖して自殺しないためにも。暴力団の八合次郎にも自分自身を忘れるほどの恐怖があったのかもしれない。

町の暴力団にしろ、村の暴力団にしろ、国家権力としての警察にしろ、彼らを突き動かしているのは恐怖だと思える。警察が恐怖のあまりに暴力団の味方をすることはあるのかもしれない。だが、すべてが恐怖に支配されているとしたら、この島は暗黒の海である。この暗黒は青年団にまで浸透し醜悪なリンチにまで発展してしまった。最悪の死刑執行人は竹春村だといえよう。この男は瀕死の八合次郎の頬を臼ノミで削ぎ落していたのだから。

残念ながら八合事件に対する警察と裁判所の対応は臆病で怠慢で愚かというしかない。真犯人の竹春村は藪村という苗字に改名し、刑務所に入ることなく無実の前科者を身代わりにして島では豪邸と思える屋敷で気楽に酒を飲みながら長生きしただが、律義に青年団の約束を守った父親の元は「私がやりました」と前に出た。それからみんな出た」致命傷になった、石で頭を割った貝と、臼ノミで八合を削った竹の二人は刑務所に行かずにすんだ。その時、藪原と改名する前の竹だけが残った。あたかもその罪から逃れられるかの如く「竹」から改名した「藪原」だけがその後優雅な生活を送った。大山がこのことを暴いてから七十四日に藪原は死んだ。その間の半世紀警察と裁判所のシステムは惰眠をむさぼっている。

母親の美しい幻を求める小説「青幻記」のもう一方には父親の暗黒の無念を追い求める「太陽と鎖」の小説がある。そして、「太陽と鎖」のあとがきは次のように終わっている。

―――なお、島にはこの本は一冊も送りません。実話と小説のけじめのつかない人が、一人でもいたら困ります。

 この確執は一体何だろうかと思う。一色次郎は沖永良部の何かに絶望しているのだろうか。最後の一人のために沖永良部が許せないのだろうかと思う。文学としての悲劇は悲劇のまま閉じなければならないのだろうか。そして、現実の悲劇としては、父が死に、母が死に、その原因となった最後の一人も死んでいる。死んでも償えない罪なのかもしれない。この現実は文学でも救いようのない悲劇としか言えない。

――――「お父さんの話をしてあげましょうか」と母はいう。

「お人よしだったんだろ。子供のころ、教室にふたりいるとき、友だちが掛図を破ったのを、自分のせいにして、立たされたんだろ。ばかだよ」と息子は答える。

「お父さんのことを、そんな風にいってはいけません」母の語尾が震えていました。

この語尾の震えには、もっと重大な、運命的な、生死をさまようような別の意味があった。

前述の八合事件の取り調べの時、警察の取り調べの際に、「私がやりました」と前に出た。「みんなでやりました」という青年団の約束を守るために最初の口火を切ったのであった。

母の願いは息子の「のぼり口説き」という大和のぼりの謡にあらわされた。

敬老会の崖の上の月夜の丘で、母は無理を押して最後の舞を舞ったのであった。

――――「それでは踊らせていただきまするが、もともとつたないうえに、このような体でございますから、五体に若い自分のハリはございませんが、おどりのまねごとなりと出来ましたならばどうぞおゆるしください」(青幻記P164

そして別れの時はくる。二学期もおわりに近い晴れた日の午後、母と私は、サンゴ礁の潮干当(しおひど)で魚を取っていた。

―――「お母さんは、なんだか胸がくるしくなりました。それから、手足がしびれて動けなくなりました。たいしたことではないように思うんですけど、歩けません。それで稔さんにお願いというのは、ホレ、うしろを見てください。崖に割れ目がありますね。あそこがのぼり口になっていると思います。稔さんは、あそこへ、いっしょうけんめい、いそいでほしいの。そして誰か、呼んできてください」

「稔さん、お母さんって呼んでください。さっきから、まだ、一度しかいってくれないじゃないの」

「お母さん!」

「稔さん、もう一度」

「お母さん!」

「向こうに行き着くまで、どんなことがあっても、うしろを見てはいけませんよ。約束してくれますね」

――――私が母に気づいた瞬間、母が、何故目をそらせたか。その謎は、それから長い間私を苦しめた。理解できるまで、三十六年かかった。じっさいに、その場所に自分が立ってみるまで分からなかった。


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高木敏克

# by glykeria | 2018-02-28 11:02 | Comments(0)

神戸から島尾敏雄を問う


島尾敏雄のいきちがい
 

高木敏克
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島尾敏雄は私小説の作家として語られることが多く、そのために作品の内容については様々な現場調査や現認報告書のような評論が発表されている。しかし、神戸からの視点で島尾敏雄を読むと彼はやはり小説家であり決してノンフィクション作家ではない。つまり、彼は作品を事実にもとづく話として読んでほしいのではなく、虚構として読んでもらうことを意図して書いていたことが分かる。作品を作品として読んでもらうことを前提に作家は小説を書いているがその意図に反してフィクションをノンフィクションとして読もうとする傾向が出てきたのは文学の衰退そのものと思える。もし作品を総て事実として読まれるのなら誰も小説なんて書けなくなる。犯罪じゃあるまいし私生活をそこまで暴く権利なんて誰にもないと思う。
1925年の8歳から19歳までの多感な少年時代と1945年の28歳から35歳までの小説家としての完成期間を彼は神戸で過ごしている。この期間に書かれたことはすべて神戸のことだというのではない。そのように思う人がいれば、その人は小説の読めない人だ。彼独特の夢のような小説世界は神戸的な世界だ。その世界というのは土着風景ではなく幻想的風景であり、あえて神戸の土着とは何かと聞かれれば、それは虚構だと言いたい。神戸とは虚構の町なのだから。そのような虚構の世界は1952年から1955年までの東京時代に持ち越されるが、その期間の作品は一旦私小説的に傾いた作風を幻想的な作風に切り替えている。その後の作品は私小説に見せかけた幻想小説として私は読むべきだと思う。そのような神戸的な仕掛けが島尾敏雄も島尾ミホも好きなのだ。
神戸から見た島尾敏雄世界はすべて虚構に見えてくる。しかし小説家はそれでよいのだ。犯罪者じゃあるまいし、調書を取る権利なんて誰にもない。ノンフィクション的な解釈は作品と作家を冒とくしているように見える。
地方からの視点はすべて偏見である。神戸地方からの視点も東京地方からの視点も奄美地方からの視点もすべて偏見である。このような条件からすると、島尾敏雄は神戸人にいわせればこうだ。
島尾敏雄が最終的に奄美に移ったのは、彼が書いた小説がフィクションの作品として読まれるのではなくノンフィクションの作品として読まれはじめたからである。
大都会での生活は私生活としては大失敗かもしれないが小説家としては大成功である。その一生をかけて構築した虚構の私生活に身を隠し通せたことは小説家としての島尾敏雄の手柄であるが、彼には私生活の部屋の現実は狭すぎた。どんどんと私生活は浸食されて居場所はなくなってゆくからである。実に大都会は恐ろしいところである。そうなると非生活空間としての小説世界が生活空間としての家庭生活も人間関係も浸食することになる。
彼はついに現実を取り戻すために虚構以前の現実の世界に戻ることにした。それがかつての生死の現実の世界の南方諸島であろう。彼は狭苦しく空も海も山もない一部屋世界の大都会から出て空と海と山のそして人間の現実を奪還することにした。そうすることによって小説という商品に奪い取られた現実を取り戻せるからである。彼の作品世界は小都会の神戸で生まれたが、東京に移った私生活のような作品は修羅場と化し、東京の作品生活は三年しか持たなかった。これは島尾の戦場を南の島から東京に持ち込んだようにも見える。結果的には南の島の戦場と同様の行き違いの修羅場を東京でも経験できたからである。しかし、今度の修羅場は虚構の中に投げ込まれた現実である。作家は日記を読ませて現実を虚構に持ち込む。そして小説を読ませて虚構を現実に持ち込む。
もし、小都会の神戸で書き続けていたらその後の島尾敏雄は別の生き方をしたであろう。虚構と現実のバランスは保たれて小市民的な生活は続いたはずである。大都会では私生活を私小説に売り渡さなければ生活できなくなったみたいだ。島尾夫婦は共謀して私生活を悪魔に売り渡すことを決めたのである。それは、単純に私生活を私小説に書き写したのではない。私生活に見える虚構を構築したのである。その意味で彼は偉大な作家である。それでは、島尾敏雄の世界に入ってゆこう。これは半分が現実で半分が虚構なのか?100%の虚構なのか?疑問を持ちつつ、神戸時代にいたる幻想のきっかけのようなものを少し追ってみたいと思います。
吉本隆明はその著作「島尾敏雄」の中で島尾敏雄の書く理由について<異和>だという。
 島尾敏雄が長崎の南山手大浦天主堂の下のCliff Houseに住んでいたころに書いた「原っぱ」という初期作品には青酸っぱい思いをかみしめるものがある。普通の少年が友達と遊んでいて、思わぬ心の行き違いに出会うことがある。これは未来の小説家でなくてもどこにでもある話である。
あこがれの少女房枝が縄跳びをしていて櫛を落とす。貫太郎は「持ってて」といわれて飛びあがるように喜んで櫛を持ち、手を洗いに帰って櫛も洗ってくると少女はすでに場所を移している。少女は櫛を洗ってもらったことなど知らずに「何してたの、貫ちゃん、嫌よ人の物を持って何処かへいっちゃ」ととがめる。遊びに慣れた少年なら「ちがうよ、房枝ちゃん。土がついてたから洗って来てたんだよ」「ありがとう、貫ちゃん」で、心の行き違いは解消されるはずである。あるいは、心の行き違いに気付かないまま通り過ぎてしまう。
吉本隆明はこの作品について、「それにもかかわらず<関係>の<異和>はどうしようもなく少年と少女のあいだにおとずれるのだ」 という。さらに、「人間と人間の<関係>のなかで、傷つくのはいつもより多くの心をあたえたほうだ。またよりおおく<関係>の意識の強度を体験したものだ。(中略)しかし、いつまでも人間と人間の<関係>になれることができない<資質>があるとすれば、その<資質>は、つねに、そして時を経るにつれて、ますます深く傷つかなければならない」
 その<資質>とはどういうことなのか?あるいはどういうものであるのか?貫ちゃんの場合にはこの行き違いは違和感となって何時までも残る。時の流れの中での単なる行き違いが<異和>という固定されたものとなって残り何時までも消えない、と吉本はいう。この<資質>はいうまでもなく島尾敏雄の<資質>のことである。ここのところを<異和>というものとしてとらえるか<行き違い>ということでとらえるかは大きな分かれ道だと思える。
おそらく、吉本の評論的な視点では<異和>という<もの>として見えるものも、島尾の小説家的な視点では<行き違い>という<こと>でとらえられるのではないか。評論の世界で<異和>で終わってしまうところから小説の世界は<行き違い>は復活させるようにおもえる。現実の行き違いが<異和>であるなら話はそこで終わってしまうが、<行き違い>はすべてのこと始まりではないのか。ギリシャ悲劇もシェイクスピア悲劇も歌舞伎の悲劇も<行き違い>から始まるのではないのか。
<異和>だけでは、どうしても理解できない島尾の作品というものがある。
「僕がどんなに人なつっこくても、貝殻たちは固く蓋を閉じてしまう。そして黒や白のいぼいぼの背中を押し並べて、残丘からその傾斜にかけて、くっついていた。貝殻の家の中の営みはそれぞれに重量を持っているであろうのに、中の灯りはみんな下の方を向かってたよりな気に幅の狭い光を投げかけていた。僕の手許にはどんな光も届いて来ない。僕は自分の居場所の位地の高さで、それだけの悲しみを食べ、涙を落した」「宿定め」1950年1月「近代文学」
この作品からは存在の<いきちがい>を感じる。ここには<異和>というものはない。異和があるから人間は悲しくなるのではなく、<いきちがい>があるから悲しいのだとおもう。感受性の違いかもしれないが、吉本は「この涙は他者にとってはどうしようもなく唐突だ。ここのところがこの作品の難解さのかなめになっている。「僕の落した涙は、ただ存在自体から<物理的>に溢れてきているとしか思えない」という。そして、「じぶんの生理的な<自然>そのものが、異変において孤独だから」と自然科学的な解釈を付け加える。私の認識では、悲しみとは<愛するものと愛されるものとのいきちがい><、生と死のいきちがい>、<書く自分と書かれる自分とのいきちがい>等々であると思われるのである。
ところが、島尾の小説では<行き違い>のことの運びを<異和>の空間に読者を解き放つ一瞬がある。それは島尾の小説の罠でもあり、読者はそれまでのなめらかな日常ストーリーからストップモーションに一瞬閉じ込められてから異空間に放り出される感覚になる。
「石像歩きだす」という1946年29歳の短編を読んでみると、荒削りではあるが一瞬閉じ込められた異空間から次の展開が見えてくる。自己分裂がはじまるのだ。しかしそれは細胞分裂のようにではなく、見る自分とみられる自分の<いきちがい>として発生する。
「それは一つの方向ばかりではなしにいちどに四方八方手がつけられぬ工会に空気が割れた。私はその瞬間身体つきを猫のように地にはわせて空を見上げた。その格好はちょうど兵隊が不慮の兆候に対して状況判断する時の物なれた格好に似ていた。それは恐怖とか善悪の実感に先立ってそんな姿勢をとる習慣をつけられていたからだ。私は自分の姿勢にも過去の匂いが強くしみ込んでいることをこげ臭く感じていた。そしてそんな姿勢の私の眼は真赤に焼けただれた空が一面に燃えているのを見た」 (中略)「私は海の方に逃げた。なぜ、海の方に逃げたのだろう。やがて私は海の上に浮かんでいた」
そこから再び平凡な日常に帰ってくる。
「今、私は身体と離れた位置に、自分の紺サージの士官服と士官服をじっと見つめている眼を持っていた。」
すると、突然知らぬ男が「いつまでそんなもの着とるんかあ」とつかみかかる。しかし、誰もが沈黙して見て見ぬふりをして通り過ぎる。
ところが、もう一人の男がハンマーを持ってやってくる。(見覚えのある男)自分がやられると思った瞬間、もう一人の男はしつこくついてきた男の頭の上にハンマーを打ちおろす。「しかし、ハンマーの男の眼は背中にもついていた」このハンマーの男の背中にも男の目が付いているということはどういうことだ。ハンマーの男は離れた位置から見つめる自分と見つめられる自分の<いきちがい>をさらに行き違う、自己分裂なのだろうか。酒場に入り座敷に上がる。
「そこにはむやみに自分を寂しく見下げはてた自分がいた。そこへハンマーを持った男が入ってくる。警察がやってきてハンマーの男は川に逃げ射殺された。橋の上から見物客が劇を見るように手をたたいている。
「私は微熱の状態で、別のある高台のアスファルトの道を歩いていた」
やがて、私の頭は二つに割れて、「そんなことではだめだ」という自分と「そのとおりだ」という自分の自己分裂がはじまる。
この小説はすべて偶然の行き違いでできているが変にリアリティーがあり、作り話には思えない。なぜなら、総ての物語を作り話だといして偶然の行き違いが打ち砕いてゆくからだ。現実には物語なんてない。あるのは偶然と行き違いだけだ。われわれは物語よりこの偶然と行き違いのほうに現実を感じる。物語はつまりは作り話という嘘でしかない。島尾敏雄の小説はデタラメな日常を写真機のように切り取る。そしてカメラマンの真実は遠近法をぶっ潰すことだ。つまり書くことにおいても撮影することにおいても切り取るということは遠近法を覆すことだ。遠近法は空間の物語だから。この手法は現実のような私小説に見せかける虚構「死の棘」で実験されて完成されてゆく。
高台のアスファルトの道を歩いてゆくと、二つの頭が物質としてくっついて一つの大きな石像に変わってゆく。二つの物質の一つはツラであり、もう一つの物質はオマだということだ。そこにス(酢)の匂いがしてきて、ふたつをくっつける。石像サカノウエタムラマルは「つら・おま・す」という。この不思議な感触は何だろと思う。物語にはない、あるいは、物語に消されることのない現実感というものだろう。滑稽だがここにはある暗示が潜んでいるように思える。島尾敏雄によると妻のミホが発作に襲われる時、それは神がかり的になることかもしれないが、発作の前に彼女の顔に石の仮面のような表情がはじまり、そして爆発する。小説を読み書きする世界は彼女の治療法になるが、「石像歩きだす」を書いた島尾敏雄にも同じ素地があることがうかがえる。
現実の<行き違い>が<異和>となって行き詰まり、死の様相を帯びてくる。すると幽体離脱現象のようにもう一人の自分が現れてくる。島尾敏雄は妻ミホの中に同じ<資質>をみつけており二人は普通の夫婦関係より強烈な関係を結んでいる。その<資質>を共有する島尾敏雄も同じ病理で書くことの中で神がかりになっていく。書くことは狂うことだともいえる。
吉本隆明は評論家としてモノ的に存在するものとして<異和>を観察する。モノ的に認識する吉本の文章は流れるようには書かれていない。したがって読者は彼の文章を方程式として読むしかない。それに対して島尾敏雄の文章は軽い流れの中に読者を引き込み、大海の限りなく遠くまで読者を運び去る。海まで運ばれた読者はいきなり打ち寄せてくる海の波に出会って永遠の宇宙に解き放たれて遊泳する。まるで胎内回帰のようだ。
そのような作品に「月下の渦潮」1948年8月21日刊「近代文学」32歳時がある。
「そして、その後に続く十六夜。以下の月々。とろりとした月下の海の羊羹のようなうねりの中では、あのように海水を巻き込む渦巻が巻いていている個所がある。その渦に知らず知らず吸い寄せられていくような、そしてその渦潮の一番外側の土手の頂点に乗ってその次に来る傾斜にすべり巻き込まれる時のくらくらした三半規管がどうかしてしまうめくるめき、それが非常に誘惑的に浜小根に印象されていることを思った。そんな渦潮に普段は気がつかない」小説最終部
 この羊羹のような風景は島尾の小説には何度も出てくる風景である。島尾がミホを連れて東京から奄美に戻るときにもこの風景は洋上の船からの状況として懐かしく現われる。そのようにして、島尾敏雄は<異和>から地球を裏返すような小説の航海に出ることができる。
「大海原のただ中に一個の人智の限界が翻弄され、大きな揺れが彼女の肉体に響いてくると、妻は言いようのない陶酔を覚えるようであった。その場合私の方は多少船酔いのために悩んでいる方がよかったようだ。すると妻は私を介抱し始めたのだ。(中略))私たちは明らかに異なった圏内に踏み込んだことを知らないわけにはいかない。それはからだ全体が(或いはこころをゆさぶりかねぬほど)一種の違和の感じでしびれて来た。違和と言っても不快というのではなく、新しい場所に出て行くための晦冥の中のめくるめき酔いの気分に近く、いわば私らは脱皮したのであった。すでに私たちの選びとった大洋の中の離れに島である小さな奄美大島が急速度に眼の前に大写しになって来た」「妻への祈り」「婦人公論」1956年40歳時 これらはまさに狂う島への接近である。
「作品:夜の匂い」 に島尾は夢の中に予言を埋め込みようになる。<異和>は<夢>を生み<夢>は<予言>めいてくる。
 こげた色の戦争があり、ニワトリを焼いたような臭いを放ちながらアメリカ兵の死体が開かぬパラシュートを機体にからませて落ちてくる。これが島尾敏雄が見た唯一の戦死体かもしれない。このような敵機の墜落からはじまる「夜の匂い」(1952年4月に「群像」に35歳時に発表された)作品では戦争期の<行き違い>に翻弄され、ついには戦局の行き違いのまま終戦を迎える島尾の<異和>が綴られている。それら行き違いの最高のことは死ななかった戦後ということになるだろう。しかし、それらの行き違いが消えるとそれを最後に書けなくなるわけではない。小説は事件によって展開することもあるが、もし日常が動かずに<異和>に沈んだら、動かぬ日常を夢に溶かして現実の偶然のごとく夢のごとく書くことができる。
 小説「夜の匂い」は後半においてミホとの関係を怪しく予言する形になってゆく。
「木滋は二人の女の方を見た。背中にランプの明かりを受けて立った二人の女性の四本の足がレントゲン写真のようにすけて見えた。理恵の二本の足がやせて細く見えた。それは理恵には気付かないことであった。桂子を負ぶって歩き出すと理恵が縁側からはだしで庭先にとびおりて、ぽっと白くほの浮いている浜木綿の群れのぽきぽき折って木滋への贈り物にした。桂子を負ぶって木滋の手はふさがっているので、それは桂子が持つことにした。 (中略)
木滋は理恵の不吉な狂乱の姿を妄想した。ユタ神に疲れた理恵が髪ふり乱して夜の浜辺を疾走しているように思えた」
理恵は小学校の先生で桂子はその生徒という状況設定である。おそらく、作家は恋愛対象の位相をっとい過去にまでさかのぼって見極めようとしたのだろう。舞台は奄美であり、東京での修羅場はとっくに過ぎ去った過去であるにもかかわらず、奄美の時代に戻って将来を予言する。なぜなら小説の時間設定では時間を飛び越えることができるからである。この小説をノンフィクションとして読むとおかしなことになる。フィクションだから結果の分かっていることを小説の世界では<小説の今>として書くこともできるのだ。<小説の今>は<現実の今>とは違うのである。予言が過去にさかのぼってなされるのは、現実ではない虚構の証拠である。

 予言的作品「月暈」は目立つことなく潜んでいる。これは「死の棘」の<恋愛地獄>の作品を暗示的に予告しているといわれている。
虚構の地上では天変地異が起こっている。
「おそらくSのせっかち身勝手の欲望からしつこくZ夫人に求め過ぎていることになっているので、Sの環境にそれだけの条件が熟していても、Z夫人の側では他人ごとであることは充分考えられる。
              (中略)
所詮禁止の林檎を食ってはまり込んだ意識の沼にあがいている人間の皮膚の繊細さが、もうどんなショックもその本来の強さが感じられずに、いつまでももの足りぬ弱さとしてしか感じられない。
            (中略)
色彩もあると思えばありないと思えば、ない。その花にも色が付いていたが、それを言い現わすことは出来ない。そこにひょろっと小さな花が咲いていたことはSの心をやわらげる。金属的に堅く傾いている気持ちにほんのり生気を吹き込まれて、Sは思わず闇の中で微笑んだ。Sは両の掌でその花を囲うようにし、しかしその花びらにも茎にも手をふれずに、頬を掌で囲んだ花の方にすりよせるようにした。血の気を失い透き徹った皮膚の感じのその花びらに淡い匂いがあり唇を開いて待つようにも見える」
この文章は読む者の品格を映し出す鏡のようである。これをもって同人誌の仲間の淡い恋心と見るのか、不倫の証拠と見るのか?
この部分を吉本隆明が読み飛ばしていることには意味があると思う。ここには涙を落したことの意味のわからなかった<存在のいきちがい>があったのだ。「品定め」1950年1月「近代文学」
月暈(げつうん)とは淡い月の周りにできるフレアーのことらしい。島尾はそれをこの小説で象徴的に掌の動きで現わしている。同人誌の中の恋が淡い恋かもしれないし片思いの恋かもしれない。死の棘との関係が面白い。
夢屑1985年3月短編集68歳時(死ぬ前の年)の作品は<生と死>の<いきちがい>の夢を表現している。
「私は撃たれてひっくり返った。おかしなきもちだが痛みはない。なお飽き足らぬと見た敵兵の一人が、剣で私の顔を剥ぎ、肺や心臓も摘出して解体したのだ。顔や内臓のない血だらけの死体の私は川に投げ込まれた。流れにつれ川は次第に大きくなり、私は岸にいた一人の男の方に流れ寄って行った。こんなおどろの姿ではきっと男は肝をつぶすにちがいないと思えたのに、持っていた竿で私を引き寄せようとするではないか。肥やしにするには汚いものほどいいなどと言っているのだ。私は上手くすり抜けて男の竿をのがれ、広い海に漂い出た」
ここには、さまざまな<いきちがい>の悲しみがある。まずは、何も相手に危害を加えようとしていないのに、軽々と殺されてしまう的と自分と相手との心の<いきちがい>。これだけで何と悲しいことか!
これは、愛するものと愛されるものとの<くいきちがい>の逆だ。憎む者と憎まれるものとのこころの<いきちがい>。殺すものと殺されるものとのこころのくいちがい>そしてさらに悲しいのは死んでゆく自分とそれを見ている自分との<いきちがい>死んでいく自分とそれを見届ける分裂したもう一人の自分との<いきちがい> それらすべての<いきちがい>を何層にも重ねて、書く自分と書かれる自分が自己分裂してゆく小説家島尾敏雄の<くいちがいの>悲しみ。死にゆく悲しみを抱えた人間の人生は泡沫のインテルメッツォにすぎない。総ては最後に行き違うのだ。<私>は身体を持たない所在ないひとつの「眼」になっていきちがい宙をさまよう「悲しみ」なのだ。
 蛇足になるが、神戸からの視点というのは、東京からの視点とも奄美からの視点とも位相が違うと思う。神戸からの視点ということは<存在の行き違い>によって生ずるもう一つの視点、つまり生きている自分から遊離して浮遊する作家の視点だとおもう。私にとっての神戸は虚構の町であり、神戸の魅力はその虚構性にある。私は無意識のうちにその虚構に酔い、中毒にかかっている。だからこそ神戸から出ようなどといちども思ったことがない。神戸に土着性があるとしたら、夢の浮島ということだ。

# by glykeria | 2018-02-28 10:59 | Comments(0)

島尾敏雄のいきちがい

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島尾敏雄のいきちがい
高木敏克
島尾敏雄は私小説の作家として語られることが多く、そのために作品の内容については様々な現場調査や現認報告書のような評論が発表されている。しかし、神戸からの視点で島尾敏雄を読むと彼はやはり小説家であり決してノンフィクション作家ではない。つまり、彼は作品を事実にもとづく話として読んでほしいのではなく、虚構として読んでもらうことを意図して書いていたことが分かる。作品を作品として読んでもらうことを前提に作家は小説を書いているがその意図に反してフィクションをノンフィクションとして読もうとする傾向が出てきたのは文学の衰退そのものと思える。もし作品を総て事実として読まれるのなら誰も小説なんて書けなくなる。犯罪じゃあるまいし私生活をそこまで暴く権利なんて誰にもないと思う。
1925年の8歳から19歳までの多感な少年時代と1945年の28歳から35歳までの小説家としての完成期間を彼は神戸で過ごしている。この期間に書かれたことはすべて神戸のことだというのではない。そのように思う人がいれば、その人は小説の読めない人だ。彼独特の夢のような小説世界は神戸的な世界だ。その世界というのは土着風景ではなく幻想的風景であり、あえて神戸の土着とは何かと聞かれれば、それは虚構だと言いたい。神戸とは虚構の町なのだから。そのような虚構の世界は1952年から1955年までの東京時代に持ち越されるが、その期間の作品は一旦私小説的に傾いた作風を幻想的な作風に切り替えている。その後の作品は私小説に見せかけた幻想小説として私は読むべきだと思う。そのような神戸的な仕掛けが島尾敏雄も島尾ミホも好きなのだ。
神戸から見た島尾敏雄世界はすべて虚構に見えてくる。しかし小説家はそれでよいのだ。犯罪者じゃあるまいし、調書を取る権利なんて誰にもない。ノンフィクション的な解釈は作品と作家を冒とくしているように見える。
地方からの視点はすべて偏見である。神戸地方からの視点も東京地方からの視点も奄美地方からの視点もすべて偏見である。このような条件からすると、島尾敏雄は神戸人にいわせればこうだ。
島尾敏雄が最終的に奄美に移ったのは、彼が書いた小説がフィクションの作品として読まれるのではなくノンフィクションの作品として読まれはじめたからである。
大都会での生活は私生活としては大失敗かもしれないが小説家としては大成功である。その一生をかけて構築した虚構の私生活に身を隠し通せたことは小説家としての島尾敏雄の手柄であるが、彼には私生活の部屋の現実は狭すぎた。どんどんと私生活は浸食されて居場所はなくなってゆくからである。実に大都会は恐ろしいところである。そうなると非生活空間としての小説世界が生活空間としての家庭生活も人間関係も浸食することになる。
彼はついに現実を取り戻すために虚構以前の現実の世界に戻ることにした。それがかつての生死の現実の世界の南方諸島であろう。彼は狭苦しく空も海も山もない一部屋世界の大都会から出て空と海と山のそして人間の現実を奪還することにした。そうすることによって小説という商品に奪い取られた現実を取り戻せるからである。彼の作品世界は小都会の神戸で生まれたが、東京に移った私生活のような作品は修羅場と化し、東京の作品生活は三年しか持たなかった。これは島尾の戦場を南の島から東京に持ち込んだようにも見える。結果的には南の島の戦場と同様の行き違いの修羅場を東京でも経験できたからである。しかし、今度の修羅場は虚構の中に投げ込まれた現実である。作家は日記を読ませて現実を虚構に持ち込む。そして小説を読ませて虚構を現実に持ち込む。
もし、小都会の神戸で書き続けていたらその後の島尾敏雄は別の生き方をしたであろう。虚構と現実のバランスは保たれて小市民的な生活は続いたはずである。大都会では私生活を私小説に売り渡さなければ生活できなくなったみたいだ。島尾夫婦は共謀して私生活を悪魔に売り渡すことを決めたのである。それは、単純に私生活を私小説に書き写したのではない。私生活に見える虚構を構築したのである。その意味で彼は偉大な作家である。それでは、島尾敏雄の世界に入ってゆこう。これは半分が現実で半分が虚構なのか?100%の虚構なのか?疑問を持ちつつ、神戸時代にいたる幻想のきっかけのようなものを少し追ってみたいと思います。
吉本隆明はその著作「島尾敏雄」の中で島尾敏雄の書く理由について<異和>だという。
 島尾敏雄が長崎の南山手大浦天主堂の下のCliff Houseに住んでいたころに書いた「原っぱ」という初期作品には青酸っぱい思いをかみしめるものがある。普通の少年が友達と遊んでいて、思わぬ心の行き違いに出会うことがある。これは未来の小説家でなくてもどこにでもある話である。
あこがれの少女房枝が縄跳びをしていて櫛を落とす。貫太郎は「持ってて」といわれて飛びあがるように喜んで櫛を持ち、手を洗いに帰って櫛も洗ってくると少女はすでに場所を移している。少女は櫛を洗ってもらったことなど知らずに「何してたの、貫ちゃん、嫌よ人の物を持って何処かへいっちゃ」ととがめる。遊びに慣れた少年なら「ちがうよ、房枝ちゃん。土がついてたから洗って来てたんだよ」「ありがとう、貫ちゃん」で、心の行き違いは解消されるはずである。あるいは、心の行き違いに気付かないまま通り過ぎてしまう。
吉本隆明はこの作品について、「それにもかかわらず<関係>の<異和>はどうしようもなく少年と少女のあいだにおとずれるのだ」 という。さらに、「人間と人間の<関係>のなかで、傷つくのはいつもより多くの心をあたえたほうだ。またよりおおく<関係>の意識の強度を体験したものだ。(中略)しかし、いつまでも人間と人間の<関係>になれることができない<資質>があるとすれば、その<資質>は、つねに、そして時を経るにつれて、ますます深く傷つかなければならない」
 その<資質>とはどういうことなのか?あるいはどういうものであるのか?貫ちゃんの場合にはこの行き違いは違和感となって何時までも残る。時の流れの中での単なる行き違いが<異和>という固定されたものとなって残り何時までも消えない、と吉本はいう。この<資質>はいうまでもなく島尾敏雄の<資質>のことである。ここのところを<異和>というものとしてとらえるか<行き違い>ということでとらえるかは大きな分かれ道だと思える。
おそらく、吉本の評論的な視点では<異和>という<もの>として見えるものも、島尾の小説家的な視点では<行き違い>という<こと>でとらえられるのではないか。評論の世界で<異和>で終わってしまうところから小説の世界は<行き違い>は復活させるようにおもえる。現実の行き違いが<異和>であるなら話はそこで終わってしまうが、<行き違い>はすべてのこと始まりではないのか。ギリシャ悲劇もシェイクスピア悲劇も歌舞伎の悲劇も<行き違い>から始まるのではないのか。
<異和>だけでは、どうしても理解できない島尾の作品というものがある。
「僕がどんなに人なつっこくても、貝殻たちは固く蓋を閉じてしまう。そして黒や白のいぼいぼの背中を押し並べて、残丘からその傾斜にかけて、くっついていた。貝殻の家の中の営みはそれぞれに重量を持っているであろうのに、中の灯りはみんな下の方を向かってたよりな気に幅の狭い光を投げかけていた。僕の手許にはどんな光も届いて来ない。僕は自分の居場所の位地の高さで、それだけの悲しみを食べ、涙を落した」「宿定め」1950年1月「近代文学」
この作品からは存在の<いきちがい>を感じる。ここには<異和>というものはない。異和があるから人間は悲しくなるのではなく、<いきちがい>があるから悲しいのだとおもう。感受性の違いかもしれないが、吉本は「この涙は他者にとってはどうしようもなく唐突だ。ここのところがこの作品の難解さのかなめになっている。「僕の落した涙は、ただ存在自体から<物理的>に溢れてきているとしか思えない」という。そして、「じぶんの生理的な<自然>そのものが、異変において孤独だから」と自然科学的な解釈を付け加える。私の認識では、悲しみとは<愛するものと愛されるものとのいきちがい><、生と死のいきちがい>、<書く自分と書かれる自分とのいきちがい>等々であると思われるのである。
ところが、島尾の小説では<行き違い>のことの運びを<異和>の空間に読者を解き放つ一瞬がある。それは島尾の小説の罠でもあり、読者はそれまでのなめらかな日常ストーリーからストップモーションに一瞬閉じ込められてから異空間に放り出される感覚になる。
「石像歩きだす」という1946年29歳の短編を読んでみると、荒削りではあるが一瞬閉じ込められた異空間から次の展開が見えてくる。自己分裂がはじまるのだ。しかしそれは細胞分裂のようにではなく、見る自分とみられる自分の<いきちがい>として発生する。
「それは一つの方向ばかりではなしにいちどに四方八方手がつけられぬ工会に空気が割れた。私はその瞬間身体つきを猫のように地にはわせて空を見上げた。その格好はちょうど兵隊が不慮の兆候に対して状況判断する時の物なれた格好に似ていた。それは恐怖とか善悪の実感に先立ってそんな姿勢をとる習慣をつけられていたからだ。私は自分の姿勢にも過去の匂いが強くしみ込んでいることをこげ臭く感じていた。そしてそんな姿勢の私の眼は真赤に焼けただれた空が一面に燃えているのを見た」 (中略)「私は海の方に逃げた。なぜ、海の方に逃げたのだろう。やがて私は海の上に浮かんでいた」
そこから再び平凡な日常に帰ってくる。
「今、私は身体と離れた位置に、自分の紺サージの士官服と士官服をじっと見つめている眼を持っていた。」
すると、突然知らぬ男が「いつまでそんなもの着とるんかあ」とつかみかかる。しかし、誰もが沈黙して見て見ぬふりをして通り過ぎる。
ところが、もう一人の男がハンマーを持ってやってくる。(見覚えのある男)自分がやられると思った瞬間、もう一人の男はしつこくついてきた男の頭の上にハンマーを打ちおろす。「しかし、ハンマーの男の眼は背中にもついていた」このハンマーの男の背中にも男の目が付いているということはどういうことだ。ハンマーの男は離れた位置から見つめる自分と見つめられる自分の<いきちがい>をさらに行き違う、自己分裂なのだろうか。酒場に入り座敷に上がる。
「そこにはむやみに自分を寂しく見下げはてた自分がいた。そこへハンマーを持った男が入ってくる。警察がやってきてハンマーの男は川に逃げ射殺された。橋の上から見物客が劇を見るように手をたたいている。
「私は微熱の状態で、別のある高台のアスファルトの道を歩いていた」
やがて、私の頭は二つに割れて、「そんなことではだめだ」という自分と「そのとおりだ」という自分の自己分裂がはじまる。
この小説はすべて偶然の行き違いでできているが変にリアリティーがあり、作り話には思えない。なぜなら、総ての物語を作り話だといして偶然の行き違いが打ち砕いてゆくからだ。現実には物語なんてない。あるのは偶然と行き違いだけだ。われわれは物語よりこの偶然と行き違いのほうに現実を感じる。物語はつまりは作り話という嘘でしかない。島尾敏雄の小説はデタラメな日常を写真機のように切り取る。そしてカメラマンの真実は遠近法をぶっ潰すことだ。つまり書くことにおいても撮影することにおいても切り取るということは遠近法を覆すことだ。遠近法は空間の物語だから。この手法は現実のような私小説に見せかける虚構「死の棘」で実験されて完成されてゆく。
高台のアスファルトの道を歩いてゆくと、二つの頭が物質としてくっついて一つの大きな石像に変わってゆく。二つの物質の一つはツラであり、もう一つの物質はオマだということだ。そこにス(酢)の匂いがしてきて、ふたつをくっつける。石像サカノウエタムラマルは「つら・おま・す」という。この不思議な感触は何だろと思う。物語にはない、あるいは、物語に消されることのない現実感というものだろう。滑稽だがここにはある暗示が潜んでいるように思える。島尾敏雄によると妻のミホが発作に襲われる時、それは神がかり的になることかもしれないが、発作の前に彼女の顔に石の仮面のような表情がはじまり、そして爆発する。小説を読み書きする世界は彼女の治療法になるが、「石像歩きだす」を書いた島尾敏雄にも同じ素地があることがうかがえる。
現実の<行き違い>が<異和>となって行き詰まり、死の様相を帯びてくる。すると幽体離脱現象のようにもう一人の自分が現れてくる。島尾敏雄は妻ミホの中に同じ<資質>をみつけており二人は普通の夫婦関係より強烈な関係を結んでいる。その<資質>を共有する島尾敏雄も同じ病理で書くことの中で神がかりになっていく。書くことは狂うことだともいえる。
吉本隆明は評論家としてモノ的に存在するものとして<異和>を観察する。モノ的に認識する吉本の文章は流れるようには書かれていない。したがって読者は彼の文章を方程式として読むしかない。それに対して島尾敏雄の文章は軽い流れの中に読者を引き込み、大海の限りなく遠くまで読者を運び去る。海まで運ばれた読者はいきなり打ち寄せてくる海の波に出会って永遠の宇宙に解き放たれて遊泳する。まるで胎内回帰のようだ。
そのような作品に「月下の渦潮」1948年8月21日刊「近代文学」32歳時がある。
「そして、その後に続く十六夜。以下の月々。とろりとした月下の海の羊羹のようなうねりの中では、あのように海水を巻き込む渦巻が巻いていている個所がある。その渦に知らず知らず吸い寄せられていくような、そしてその渦潮の一番外側の土手の頂点に乗ってその次に来る傾斜にすべり巻き込まれる時のくらくらした三半規管がどうかしてしまうめくるめき、それが非常に誘惑的に浜小根に印象されていることを思った。そんな渦潮に普段は気がつかない」小説最終部
 この羊羹のような風景は島尾の小説には何度も出てくる風景である。島尾がミホを連れて東京から奄美に戻るときにもこの風景は洋上の船からの状況として懐かしく現われる。そのようにして、島尾敏雄は<異和>から地球を裏返すような小説の航海に出ることができる。
「大海原のただ中に一個の人智の限界が翻弄され、大きな揺れが彼女の肉体に響いてくると、妻は言いようのない陶酔を覚えるようであった。その場合私の方は多少船酔いのために悩んでいる方がよかったようだ。すると妻は私を介抱し始めたのだ。(中略))私たちは明らかに異なった圏内に踏み込んだことを知らないわけにはいかない。それはからだ全体が(或いはこころをゆさぶりかねぬほど)一種の違和の感じでしびれて来た。違和と言っても不快というのではなく、新しい場所に出て行くための晦冥の中のめくるめき酔いの気分に近く、いわば私らは脱皮したのであった。すでに私たちの選びとった大洋の中の離れに島である小さな奄美大島が急速度に眼の前に大写しになって来た」「妻への祈り」「婦人公論」1956年40歳時 これらはまさに狂う島への接近である。
「作品:夜の匂い」 に島尾は夢の中に予言を埋め込みようになる。<異和>は<夢>を生み<夢>は<予言>めいてくる。
 こげた色の戦争があり、ニワトリを焼いたような臭いを放ちながらアメリカ兵の死体が開かぬパラシュートを機体にからませて落ちてくる。これが島尾敏雄が見た唯一の戦死体かもしれない。このような敵機の墜落からはじまる「夜の匂い」(1952年4月に「群像」に35歳時に発表された)作品では戦争期の<行き違い>に翻弄され、ついには戦局の行き違いのまま終戦を迎える島尾の<異和>が綴られている。それら行き違いの最高のことは死ななかった戦後ということになるだろう。しかし、それらの行き違いが消えるとそれを最後に書けなくなるわけではない。小説は事件によって展開することもあるが、もし日常が動かずに<異和>に沈んだら、動かぬ日常を夢に溶かして現実の偶然のごとく夢のごとく書くことができる。
 小説「夜の匂い」は後半においてミホとの関係を怪しく予言する形になってゆく。
「木滋は二人の女の方を見た。背中にランプの明かりを受けて立った二人の女性の四本の足がレントゲン写真のようにすけて見えた。理恵の二本の足がやせて細く見えた。それは理恵には気付かないことであった。桂子を負ぶって歩き出すと理恵が縁側からはだしで庭先にとびおりて、ぽっと白くほの浮いている浜木綿の群れのぽきぽき折って木滋への贈り物にした。桂子を負ぶって木滋の手はふさがっているので、それは桂子が持つことにした。 (中略)
木滋は理恵の不吉な狂乱の姿を妄想した。ユタ神に疲れた理恵が髪ふり乱して夜の浜辺を疾走しているように思えた」
理恵は小学校の先生で桂子はその生徒という状況設定である。おそらく、作家は恋愛対象の位相をっとい過去にまでさかのぼって見極めようとしたのだろう。舞台は奄美であり、東京での修羅場はとっくに過ぎ去った過去であるにもかかわらず、奄美の時代に戻って将来を予言する。なぜなら小説の時間設定では時間を飛び越えることができるからである。この小説をノンフィクションとして読むとおかしなことになる。フィクションだから結果の分かっていることを小説の世界では<小説の今>として書くこともできるのだ。<小説の今>は<現実の今>とは違うのである。予言が過去にさかのぼってなされるのは、現実ではない虚構の証拠である。

 予言的作品「月暈」は目立つことなく潜んでいる。これは「死の棘」の<恋愛地獄>の作品を暗示的に予告しているといわれている。
虚構の地上では天変地異が起こっている。
「おそらくSのせっかち身勝手の欲望からしつこくZ夫人に求め過ぎていることになっているので、Sの環境にそれだけの条件が熟していても、Z夫人の側では他人ごとであることは充分考えられる。
              (中略)
所詮禁止の林檎を食ってはまり込んだ意識の沼にあがいている人間の皮膚の繊細さが、もうどんなショックもその本来の強さが感じられずに、いつまでももの足りぬ弱さとしてしか感じられない。
            (中略)
色彩もあると思えばありないと思えば、ない。その花にも色が付いていたが、それを言い現わすことは出来ない。そこにひょろっと小さな花が咲いていたことはSの心をやわらげる。金属的に堅く傾いている気持ちにほんのり生気を吹き込まれて、Sは思わず闇の中で微笑んだ。Sは両の掌でその花を囲うようにし、しかしその花びらにも茎にも手をふれずに、頬を掌で囲んだ花の方にすりよせるようにした。血の気を失い透き徹った皮膚の感じのその花びらに淡い匂いがあり唇を開いて待つようにも見える」
この文章は読む者の品格を映し出す鏡のようである。これをもって同人誌の仲間の淡い恋心と見るのか、不倫の証拠と見るのか?
この部分を吉本隆明が読み飛ばしていることには意味があると思う。ここには涙を落したことの意味のわからなかった<存在のいきちがい>があったのだ。「品定め」1950年1月「近代文学」
月暈(げつうん)とは淡い月の周りにできるフレアーのことらしい。島尾はそれをこの小説で象徴的に掌の動きで現わしている。同人誌の中の恋が淡い恋かもしれないし片思いの恋かもしれない。死の棘との関係が面白い。
夢屑1985年3月短編集68歳時(死ぬ前の年)の作品は<生と死>の<いきちがい>の夢を表現している。
「私は撃たれてひっくり返った。おかしなきもちだが痛みはない。なお飽き足らぬと見た敵兵の一人が、剣で私の顔を剥ぎ、肺や心臓も摘出して解体したのだ。顔や内臓のない血だらけの死体の私は川に投げ込まれた。流れにつれ川は次第に大きくなり、私は岸にいた一人の男の方に流れ寄って行った。こんなおどろの姿ではきっと男は肝をつぶすにちがいないと思えたのに、持っていた竿で私を引き寄せようとするではないか。肥やしにするには汚いものほどいいなどと言っているのだ。私は上手くすり抜けて男の竿をのがれ、広い海に漂い出た」
ここには、さまざまな<いきちがい>の悲しみがある。まずは、何も相手に危害を加えようとしていないのに、軽々と殺されてしまう的と自分と相手との心の<いきちがい>。これだけで何と悲しいことか!
これは、愛するものと愛されるものとの<くいきちがい>の逆だ。憎む者と憎まれるものとのこころの<いきちがい>。殺すものと殺されるものとのこころのくいちがい>そしてさらに悲しいのは死んでゆく自分とそれを見ている自分との<いきちがい>死んでいく自分とそれを見届ける分裂したもう一人の自分との<いきちがい> それらすべての<いきちがい>を何層にも重ねて、書く自分と書かれる自分が自己分裂してゆく小説家島尾敏雄の<くいちがいの>悲しみ。死にゆく悲しみを抱えた人間の人生は泡沫のインテルメッツォにすぎない。総ては最後に行き違うのだ。<私>は身体を持たない所在ないひとつの「眼」になっていきちがい宙をさまよう「悲しみ」なのだ。
 蛇足になるが、神戸からの視点というのは、東京からの視点とも奄美からの視点とも位相が違うと思う。神戸からの視点ということは<存在の行き違い>によって生ずるもう一つの視点、つまり生きている自分から遊離して浮遊する作家の視点だとおもう。私にとっての神戸は虚構の町であり、神戸の魅力はその虚構性にある。私は無意識のうちにその虚構に酔い、中毒にかかっている。だからこそ神戸から出ようなどといちども思ったことがない。神戸に土着性があるとしたら、夢の浮島ということだ。

# by glykeria | 2018-02-28 10:53 | Comments(0)

孤島にて

孤島にて

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灰色の海の彼方へ消えつつある記憶の中から船はやってくる。

老人は窓から外を見る。いったい、もう一つあるはずの灰色の海はどこにあるのか。

と、水平線を見たが青以外の何もない。恐ろしい青の深さだ。

「たしかに、わしは過去から目覚める。これは、若い時とは違う今の目覚め方だ」

そう思いながら、今度は潮風で曇りはじめた鏡を見る。

逆光を背負って影の中の自画像を確かめる。すると船も見える。

「明るいのは白髪だけだ。だから、この明るさは伸びるに任せるべきだ」

背中まで垂れさがる白馬のしっぽは少し黄色が入り、プラチナブロンドだから、

曲がり角のたびに孤独を選ぶ後ろ髪に花をさせる。

海は水平線までもりあがり、そこから風が吹いてくる。そして船は行く。

「わしの顔なんて、いやな記憶にする単なる蓋なんだ」

と、洗面台の蛍光灯をつけた。真っ黒な顔が現れた。

細かいしわが多すぎるのだが、それらはガラスの破片が無数に突き刺さった傷だ。

ガラス片は眼球にもキラキラと入り込み。左目はほとんど見えていない。

そしたら、斜視がどんどんと進んで左目だけが灯台を見るようになった。

「眼球に残ったガラス片はわしにしか見えない灯台だ。今日だって青い窓の外には白い灯台が見える。
いつだって、白い灯台に照らされている」

ふと、自分自身の笑顔に気付いて、老人は首を振った。

「いったい、誰のための笑顔なんだ」

すると、船は消える。

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# by glykeria | 2018-01-29 17:20 | Comments(0)

母「青幻記」 と 父「太陽と鎖」のあいだのエラブ

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母「青幻記」 と 父「太陽と鎖」のあいだのエラブ

高木敏克(2018.1.15)

一色次郎の「青幻記」情景は実に生き生きとして美しい。主人公の「稔」が母の「さわ」とともに生まれ故郷の沖永良部島に戻ったのは、母が三十二歳、稔が小学校五年生の時であった。自然が限りなく大きく、人間が限りなく小さく感じられる。自然の風景は極めて端正で清潔に見えるのに対して小さな人間存在は不安げで不定形に見える。鳥も魚も植物も神が直接作ったように見えるのに、人間は、泥からできてカオスを残している。

この島では海を見ていると一瞬海の限りない恐怖に支配されているように感じる。怒涛となって打ち寄せる恐怖に打ち勝つには海に打って出るしかないように思える。勇気があるからではなく恐怖のために海に出る。そして孤島にたどり着くとその恐怖はさらに深まり、青すぎる宇宙の闇に一人浮かんでいる面持ちになる。


―――強風はこやみもなく吹き、海浜の風景は、ただ、広く明るいばかりである。その空虚な雰囲気には、まるで、そこに人間が立っていることを許さないような、きびしいものさえ感じられた。そんな、おそろしいまでの清潔な感じがみなぎっていた。(青幻記P7)


この恐怖を引きずらざるをえないのは、人間には不幸の自覚があるからだろう。この不幸の自覚の一つは父が結婚以前に結核を病んでおり母も感染していること。そして稔は母から隔離されなければならない運命を背負っていることであろう。


しかし、この時、母は後悔していたのである。母は結核にかかっていて、なにより恐れていたのは息子の稔に感染させるということであり、鹿児島の港から島に連れてこないことを決心していたのである。

それは、母からの直接の言葉としてではなく、母の死後にユタ(占い師)が、死について理解しえない稔に事実を説明するために、母の霊を呼び起こして語られたものであった。


―――稔さん、許してください。お母さんは、あなたの島に連れてきてはいけなかったのです。あなたは、島では暮らしていけない方です。それがわかっていながら、お顔を見ると少しでも一緒に居たくなって、お母さん、僕も一緒に連れていってください、とあなたがいってくださったとき、お母さんは、うっかりうなずいてしまった。(青幻記p125)


ようやく、母の死を理解できた稔は母の魂が戻ってきたザクロの木の幹をつかみながら「おかああさーーん」と叫んだ。「稔さーーん」と母の声が返ってきた。


―――「ゆるしてくださぁーい!でも、稔さん、お母さんは楽しかった。あなたと島で暮らした六か月は、決して長いとは言えないものでした。でも、誰にも邪魔されず、ふたり水入らずで暮らすことができた。この六か月がなかったら、お母さんの人生は、あんまり、みじめです」


さらに、沖永良部島の恐怖は、島ごと逃げ出したくなるような内地からの厳しい搾取の対象になっていたことである。稔の漠然とした海辺の不安は、さらに深い過去からの不安な支配の海に浮かんでいる。青い闇の海流に浮かぶこの島の恐怖はとめどなく打ち寄せてくる怒涛となる。


―――「鹿児島の人間は、鬼より恐ろしいもんじゃったぞ。それでなあ、それでなあ、毎年砂糖役人が来ると、島の者は機嫌取りにな、島一番の娘を差し出したものじゃ。丑松ばあさん(曾祖母)が、その人身御供に上げられて、そうして生まれたのが公平(祖父)じゃ・・」

・・どことなく異なるものを感じて違和感を抱いたのも、その家系にほかの血が混じっているからだ。(太陽と鎖P191)


その血は邪悪なにおいがするものかもしれない。その祖父というのは妻のほかにも女を持っていて分家を作っているのだから。


―――島々に若い娘の人身御供を要求する鹿児島役人、それを黙認する島役人。その島役人が和泊警察に変わっても、島民を虫けら同様に扱う気風はそのまま伝わったのだ。その和泊警察署が、青年代を支持しないで八合側についた。これでは勝目が出るはずがない。(同P192)


祖父の子であり稔の父である元(げん)はその邪悪な血に襲われることになる。大正五年六月十三日に沖永良部島の余多村で起きた八合事件で島の青年団と暴力団が「謎の衝突」に巻き込まれた。元は冤罪で服役した刑務所で結核を悪化させ、かろうじて入院できたものの手遅れで、獄中死同然の病死をした。「謎の衝突」といえるのは島の警察も鹿児島の裁判所も現場検証も証拠品もないまま、暴力団を恐れて暴力団の被害届を受けて、暴力団を一人も逮捕することなく、早計な裁判がなされて、青年団員九人が投獄された。懲役三年が四人、懲役二年が五人で稔の父親も青年団の安易な口裏合わせの契約で真実は闇に隠れたままになっていた。四十七年間もの間。


――― 誰にも言わんと、約束したんだぞ。八合次郎は、みんなでやったことにしようと、余多村の青年団が契約したんだぞ。


こういうのは、半世紀もの間まだ怯え続けながら八合次郎を臼(うす)ノミで突き刺した実行犯の老人竹春村。事件後、藪原と改名して財をなしている。


―――「八合を探しに行くときには青年団の団長は、八合を見つけても手出しをしてはならんと言いましたね」「それから、刃物も持ってはいけないという命令も出しましたね」「貝と藪原の二人は、この命令に背いたわけですね」(同P193)


貝は水の中に隠れてしゃがんでいる八合に向かって人の頭ほどある石を「・・・・投げたのが当たって、八合は水に浮かんでしまった」竹春村という男は「臼ノミでな。臼(うす)を削るときの臼ノミでな、柄の長さが四尺もあるんじゃ。そんなもので三人が代わる代わる叩いたで、八合はすぐにぐったりしてしもた」(同P167)


人間がそこまで残酷になれるものなのか、考えても解らない。ただ、人間を狂気に走らせるものは恐怖以外にないのではないか。傷ついた生き物は恐怖を感じつつ自らも相手に恐怖を与える。崩れた顔や身体は恐怖の対象になり、化け物に見え、恐怖にかられた相手はそれが消えるまで、つまりは死ぬまで攻撃をやめない。それが殺人だ。だから、人を殺めないためには勇気が必要だと思う。壊れた自分を恐怖して自殺しないためにも。暴力団の八合次郎にも自分自身を忘れるほどの恐怖があったのかもしれない。

町の暴力団にしろ、村の暴力団にしろ、国家権力としての警察にしろ、彼らを突き動かしているのは恐怖だと思える。警察が恐怖のあまりに暴力団の味方をすることはあるのかもしれない。だが、すべてが恐怖に支配されているとしたら、この島は暗黒の海である。この暗黒は青年団にまで浸透し醜悪なリンチにまで発展してしまった。最悪の死刑執行人は竹春村だといえよう。この男は瀕死の八合次郎の頬を臼ノミで削ぎ落していたのだから。

残念ながら八合事件に対する警察と裁判所の対応は臆病で怠慢で愚かというしかない。真犯人の竹春村は藪村という苗字に改名し、刑務所に入ることなく無実の前科者を身代わりにして島では豪邸と思える屋敷で気楽に酒を飲みながら長生きしただが、律義に青年団の約束を守った父親の元は「私がやりました」と前に出た。それからみんな出た」致命傷になった、石で頭を割った貝と、臼ノミで八合を削った竹の二人は刑務所に行かずにすんだ。その時、藪原と改名する前の竹だけが残った。あたかもその罪から逃れられるかの如く「竹」から改名した「藪原」だけがその後優雅な生活を送った。大山がこのことを暴いてから七十四日に藪原は死んだ。その間の半世紀警察と裁判所のシステムは惰眠をむさぼっている。

母親の美しい幻を求める小説「青幻記」のもう一方には父親の暗黒の無念を追い求める「太陽と鎖」の小説がある。そして、「太陽と鎖」のあとがきは次のように終わっている。


―――なお、島にはこの本は一冊も送りません。実話と小説のけじめのつかない人が、一人でもいたら困ります。


この確執は一体何だろうかと思う。一色次郎は沖永良部の何かに絶望しているのだろうか。最後の一人のために沖永良部が許せないのだろうかと思う。文学としての悲劇は悲劇のまま閉じなければならないのだろうか。そして、現実の悲劇としては、父が死に、母が死に、その原因となった最後の一人も死んでいる。死んでも償えない罪なのかもしれない。この現実は文学でも救いようのない悲劇としか言えない。

――――「お父さんの話をしてあげましょうか」

「お人よしだったんだろ。子供のころ、教室にふたりいるとき、友だちが掛図を破ったのを、自分のせいにして、立たされたんだろ。ばかだよ」

「お父さんのことを、そんな風にいってはいけません」母の語尾が震えていました。


この語尾の震えには、もっと重大な、運命的な、生死をさまようような別の意味があった。

前述の八合事件の取り調べの時、警察の取り調べの際に、「私がやりました」と前に出た。「みんなでやりました」という青年団の約束を守るために最初の口火を切ったのであった。


母の願いは息子の「のぼり口説き」という大和のぼりの謡にあらわされた。

敬老会の崖の上の月夜の丘で、母は無理を押して最後の舞を舞ったのであった。


――――「それでは踊らせていただきまするが、もともとつたないうえに、このような体でございますから、五体に若い自分のハリはございませんが、おどりのまねごとなりと出来ましたならばどうぞおゆるしください」(青幻記P164)


そして別れの時はくる。二学期もおわりに近い晴れた日の午後、母と私は、サンゴ礁の潮干当(しおひど)で魚を取っていた。


―――「お母さんは、なんだか胸がくるしくなりました。それから、手足がしびれて動けなくなりました。たいしたことではないように思うんですけど、歩けません。それで稔さんにお願いというのは、ホレ、うしろを見てください。崖に割れ目がありますね。あそこがのぼり口になっていると思います。稔さんは、あそこへ、いっしょうけんめい、いそいでほしいの。そして誰か、呼んできてください」

「稔さん、お母さんって呼んでください。さっきから、まだ、一度しかいってくれないじゃないの」

「お母さん!」

「稔さん、もう一度」

「お母さん!」


「向こうに行き着くまで、どんなことがあっても、うしろを見てはいけませんよ。約束してくれますね」


――――私が母に気づいた瞬間、母が、何故目をそらせたか。その謎は、それから長い間私を苦しめた。理解できるまで、三十六年かかった。じっさいに、その場所に自分が立ってみるまで




# by glykeria | 2018-01-29 17:12 | エッセイ | Comments(0)

銀座六丁目のその店は

銀座六丁目のその店は
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♀有楽町か銀座で会いますか 予約できたらメール入れるわ
♂12時15分に東京駅につくよ
♀そのころ 電話入れるわ なにたべる?
(あきらかに 彼女は東京弁になっている ナニのアクセントが高い)
♂今、電車の中だよ
♀ひとこと 返事して なに食べる
(関西弁にもどった)
♂スシ
♀わかった  個室のあるところ探しとくね
(ぼくたちは10年近く個室で昼食を取ってきたので  24歳から34歳の彼女を知っている ぼくの何を待っている?何かがもつれてつながっている 二人で世間を無視しながら)
(スシがきた 彼女が襖をしめる  いつも同じしめかただ 暗黒空間に流れるふたりは浮かんだ)
♀もし あなたが急に死んだら  わたしどうなるのかしら
♂ええ  いきなり なに?
♀誰かがあなたの通帳見たら  わたしの名前が出てこない?
♂なんだ  その心配か?さみしいなあ
♀そうよねえ  通帳なんて持ってないよね
♂ない  死んだらお金は銀行に消える
(この白昼夢は10年も続いている)

 
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# by glykeria | 2017-12-14 22:20 | 小説 | Comments(0)

小詩篇【記憶の森】


                   ☆

森の鳥たちは朝からけたたましく縄張り争いの声をあげているね。それなのにぼくの耳にはそれがとても美しい声に聞こえるのはなぜだろう。森の記憶がよみがえるのは森の現実が記憶をよびさませているからだ。いわば、森は鳥たちの脳、記憶は森の中にある。

鳥の意識は記憶に接することなく現実そのものに接している。もしこの現実が現れなかったら死者の記憶もそのようにして消えてゆくのだろうか。現実を記憶に置き換えない鳥たちは死者も思い出さないだろう。あなたの現実を失った私も少しは死を知らぬ悲しい鳥に近づいたのだろうか。

                    ☆

あの丘の森は人間の脳の形をしているわ。鳥たちは自然の森の中に記憶をもつので、森の中で考えることができるのよ。あの鳥たちは、あんなに小さな頭なのに本当に何でもよくおぼえているわ。だから、南の島から渡ってきても、シベリアの大陸から渡ってきても、迷子にもならずに去年来た森の同じ木に戻ってくるのよ。ここで見ていたらそれがよくわかるわ。動物はね、自然の中に記憶をもっているのよ。自然の中で何かと再会するとその何かを思い出す。でも、人間は大脳の中に記憶をもっているので、再会しない人のことを何時までも覚えているのよね。このことが人間だけの悲しみの始まりね。

                    ☆

その人に会わない限りその人を思い出さないのなら、僕は悲しい鳥になりたい。記憶の脳なんていらない。記憶の森だけがあればいい。誰だって森の中に記憶をもっていて、森に入ると色々なことを思い出す。一人の人に会えば色んな人のことまで思い出す。記憶は森にある。想念が羽ばたくと、森の中から数羽の小鳥が激しく鳴きはじめた。

静かに考えて森に入らなければ鳥たちは逃げる。朝がたの君は様々な鳥の声に満たされている。

                   ☆

夜になると欲望に身を躍らせて猪たちが闇の中からやってくる。土の匂いを嗅ぎながら鼻の先で芝を掘りかえしながらやってくる。そのため森のなかの小さな畑と果樹園を守るために金網が張り巡らされていたが、それは頭を閉じ込める籠に見える。

 森に入った僕は、猪がミミズを食べるために掘り起こした後に躓いた。森が開け、空が見えてきた。森の中が明るく傾き、巨大なドームが僕を待っていた。

 記憶の森のドームよ、鳥はどこに消えた。


高木敏克
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# by glykeria | 2017-11-25 11:09 | | Comments(0)

黄昏のハーバーランド

黄昏のハーバーランド、つるべ落としの晩秋。
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# by glykeria | 2017-11-19 19:08 | エッセイ | Comments(0)


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