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高木敏克のブログです。


by alpaca

未来広告

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高木敏克

                                   高木敏克

まっすぐで寂しい道の横に一つだけ看板がたっていた。あまりにも一直線なので僕は何も読まずに自転車で通り過ぎてしまった。空には黒い旗が宙に浮いて棒にもひもにもつながれていない。音もなくそれははためいていた。いつかどこかで見たことのある黒い旗だが、どうしても思い出せない。思い出せないのに旗は現実にそこに見えるのだ。蛇の木峠の頂上でその旗は見えた。峠を過ぎると道は一直線に駆け下るのだが、まっすぐなのに行き先が見えない。遠近法の先は消失点だ。ユークリッド幾何学はどこかで間違っている。黒い旗が出てくるのは確か中也の詩だ。年を取ると思い出すのに時間がかかる。記憶がだんだんと回り道して出てくるのが悲しい。

それから、君のことを思い出した。その過去は遠すぎて自分のことか友だちのことかも忘れかけているが、思い出した。それは、遠い昔の君のことなのだ。

「未来は広告に過ぎない」こういって自殺した君を思い出したのだ。ずいぶん早い結論だし、少し変わった自殺の理由だった。君は遺書を残したわけではないが、「未来は広告に過ぎない」というのは君の口癖だった。「僕たちの学んでいる数学はどこかで間違っている」というのが僕の口癖だった。僕たちの人生は知らない間に大人たちの車か電車に乗せられていて、一直線の消失点に向かわされている。そんな気分がして受験勉強は全然おもしろくなかった。

先生たちはその直線の+横に立っていて君たちの未来は輝いている。まっすぐ進めば間違いはないと叫んでいる。だが、それは単なる広告に過ぎないのではないか。どこかで迷路に入らなければ、逆に何も見えてこないのではないかと思う。自転車に乗っていても山を歩いていても覚えているのは迷路ばかりだ。まっすぐな道では何も覚えていない。多分、何の物語もないからだ。だから、僕は本ばかり読んでいた。中学校でデカルトやカントからサルトルを読みはじめ、トーマス・マンの「魔の山」まで高校卒業までに読み終えた。

親にしたらこの回り道は許せなかったみたいだ。夜中まで勉強していると思ったら、子供のくせに大人の本ばかり読みふけっているのだから。しかし、母親も知らなかったのだ。父の取っていた「文芸春秋」も母の「主婦の友」も残すところなく読み切っていたことを。

 話を「まっすぐな道の未来広告」に戻そう。

「まっすぐな道で寂しい」という山頭火の句は車の中ではよめないだろう。新幹線の中ではもっと読めないだろう。確かに僕たちの人生は高速路に乗っていて、もうブレーキが効かなくなっている。自転車の集団走行のようなものだ。誰かがブレーキをかけると全員がこける。だから、集団走行の時には、きっとあの看板にすら気が付かないだろう。集団走行では遠近法の消失点が限りなく広がっていき、やがて集団ゴールに変わる。しかし、一人だけで走る単独走行では消失点で死にそうになる。だから、一人で走るのは自殺行為だと、監督もコーチも言い続けている。

しかし、一人で自転車に乗っていると様々な記憶がよみがえるのだが、君の死は朝日の中で発見された。二階の窓は開け放たれていてレースのカーテンが風に揺れていた。ベランダで首を吊ったのだ。向かいの奥さんが気づいて110番したらしい。ところが救急車は迷った。家族が君を引き下ろしたので外からは首つりが見えなくなったからだ。君の父親が消防署に連絡したら赤い消防車まで来て大騒ぎになってしまった。家族はみんなうろたえていた。母親は君の部屋を必死に整頓しようとしていた。人生が早々と整理されていた。布団もカーテンも乱れたままにしてほしかった。そうしないと寂しすぎる。

希望の朝が君にとっては単なる広告に過ぎないのかと思うと涙が止まらなかったが、君のいう広告の意味が分からないわけではない。すべては商品化してゆく。人生も商品化してゆくという宿命の中では未来は広告なのかもしれない。僕もこれから未来という広告の中をさまようのかもしれない。しかし、そのことがなぜ死につながるのかは僕にはよくわからない。商品化は人生の側面で人生は正面から向かい合わないと何も見えてこないと思っていたから。そうだ、僕たちが生きてゆけるのは多分迷っているからだ。

そのことに思い当たる節がないわけではない。限りない不安の中の君とは小学校時代からの友だちだった。生きることについてはよく話したが死ぬことについては語らないままだったのに、なぜ?

「僕たち大人になれると思う?学校の先生を見ていると、とても先生の歳まで生きられるとは思われへん。人生はいばらの道なんや」

「なんで、いばらの道なんや?」と、僕は言い返すしかなかった。拒絶する僕に君は寂しそうな顔をした。君は恋人にさえ同感を求め、価値観の共有を求めていた。思い込みが強すぎる。君の孤独は未来からやってくるのではなく自分自身から出てくる。だから初恋の失恋も相手からやってきたのではない。

「未来は広告に過ぎないというのは一人だけの思い込みやろ!人生はバラ色の道やろ!僕の結論は広告を敵に回さないことや。その方法は簡単や。広告だけ見て商品を買わないことや。店々の商品を見ては楽しみ触って楽しみ、それらの優れものは買うものではなく自分でも作れるものだと思うことや。それが人生に勝つ方法や。商品になってしまう人生もあれば商品を作る人生もある。そう思うと人生はそんなに重いものでもなく、軽くなったような気がする。中学時代から三宮から元町撫での商店街を歩き回るのが習慣やし、山の中の木や花や小鳥のように街の商品も女の子も美しい。最後に付け加えた女性がいなければ僕も死んでしまうかもしれへんけどな」と、僕は笑った。

「やっぱり、そうなんや。君かって未来は広告やと思てる。広告を敵に回さないというのは自己存在の商品化を認めているからや」

「ようわからんなあ」といったら君は不機嫌になっていた。

「論より証拠や」と負けず嫌いの君は言ったが、おいおい、それを証明するのは自殺なのか?君を追い詰めたのは僕の発言ではないか?未来広告を証明したから僕にも自殺しろというのか?

「悪いけど、僕は自殺をしない」ということは簡単そうだけど、そう言い切るには時間がかかった。原因のよくわからない悲しみが原因している。ちょうど、生まれたての赤ん坊が産声を上げ、それからも思い出したように悲しい声で泣くように。僕の生は君の死におびえ続けていた。君は思い出したように議論を吹きかけるのだった。

「未来は存在しない。現在があるだけだ。未来が存在することを証明するために僕は死んでみる。僕が死んだ後でも世界が存在すれば未来の存在は証明される」君は死神のように微笑んで見せた。死んで勝てるゲームがあるかのように。

「そんな哲学があるか。ソフィストめ」

 哲学にならない哲学と詩にならない詩が混じりあっているのが青春なのか。そんな中で彼と私は真っ直ぐな道を軸にして、生と死のシーソーゲームを楽しんでいるのが苦しかった。

僕の家はN高校の通学路にもなっていて、その前を歩く高校生を幼稚園に入る前から窓から眺めていた。そして僕もその一直線の道を歩いてN高校に通って社会人になっていったのだ。

自己商品化のレールは受験校と言われる県立N高校では隠されていた。一流大学から一流企業に入り立派な商品になって親を喜ばす。そこには悪魔の陰謀があって教諭たちは悪魔の代理人だと思っていた。もしそうだとしても、世の中にはどうしても商品にならない人々がいる。山の裏の里では黒豆を作っている農家の人がいるし,焼き物の作家がいる。町には靴を作っている人もいる。彼らは商品価値のない人かもしれないが、商品を扱うことができる。商品を扱う人たちと付き合えばよい。そう思った僕は大学を普通に卒業して普通に保険会社に入ってから独立して保険代理店になった。それは僕にとっては商品にならずに済む方法だった。手短にいえばサラリーマンの落ちこぼれだ。君のいうとおり商品化されてスクラップになったことは充分に証明しつくした。証明は生きていないとできないと思う。

 言い遅れたが、お聞きの通り僕の趣味は自転車に乗ること、一人で走るのも好きだが、集団走行もうまくできるようになった。

自転車に乗っていると色んなことを思い出す。楽しい時には楽しいことを思い出す。苦しい時には苦しいことを思い出す。年を取って思い出にふけるのも好きだが自分と他人の区別がつかなくなった。

言い忘れたが、これまで言ってきた君というのは、昔のもう一人の自分のことかもしれない。つまり、人間は苦しすぎる昔の自分を忘れてしまう。今頃になってようやく思い出した青春が君だ。これは未来の君からの君への広告みたいなものかもしれない。それでも我慢して広告だと思って聞いて欲しい。未来は必ず存在する。自殺というのは未来を殺してしまうことなのだから。自分を殺すことで死んではならない。この世に一人しかいない君なのだから、他の誰にも頼れない君なのだから。君は死んだりしてはならないのです。歌を忘れたカナリヤよ。遠きユダの国の墓場のその外に棄てられるカナリヤよ。それでも決して死んではならないのです。生きていたら、忘れた歌は思い出せるのだから、君は死んではならなかったのです。そうだよ。だから自分のことのように思い出す君は今でも生きているじゃないか。

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by glykeria | 2019-02-07 23:04 | | Trackback | Comments(0)